はたらくタンパク質
「酵素の役割」

(岐阜県森林研究所)上辻久敏


 これまでにキノコの酵素(森林のたより2005(4) No.619)とサルナシ果実の酵素(森林のたより2006(1) No.628)について紹介しました。酵素は、キノコ、植物、昆虫、動物など、生き物のさまざまな生命現象に関連しています。今回は、キノコの酵素の働きについて紹介します。

図. 酵素の立体構造モデル

【酵素の役割】

 あらゆる生物の体内では様々な化学反応がおきています。そこで起こる化学反応に重要な役割をしているのが、酵素と呼ばれるタンパク質です。酵素は、触媒と呼ばれる役割をしています。触媒とは、そのもの自体は変わりませんが、適合する化学反応において、その反応のスピードを上げる働きをいいます。

 酵素以外でも触媒と呼ばれるものは世の中にたくさんありますが、特に酵素には2つの大きな利点があります。1つは、比較的低い温度(体温程度)で反応を進みやすくすることです。そしてもう1つは、基質特異性と呼ばれ、複雑な反応を間違えずに適合する物質のみに作用する仕組みです。

【木材を栄養源とするキノコの酵素の役割】

 木材は、大きく分けてセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3つの成分から構成されています。キノコは、木材を栄養源とするため、セルロースを分解する酵素であるセルラーゼと、ヘミセルロースを分解する酵素であるキシラナーゼやマンナナーゼ、またリグニンを分解するラッカーゼ、ペルオキシダーゼなど様々な酵素を生産することができます。木材の細胞はリグニンに保護され、キノコ以外の生物は、セルロースやヘミセルロースを容易に分解できません。うまく木材を栄養源とする仕組み(酵素などの働き)を獲得したのがキノコなのです。

【植物種によって異なるリグニン】

 リグニンの存在は植物の進化と密接に関連し、下等な生物にリグニンは存在しませんが、高等なシダ植物、裸子植物、被子植物のすべてに分布しています。針葉樹(裸子植物)では、主としてグアイアシル型リグニンから構成され、広葉樹(被子植物)では、シリンギル型リグニンが多く含まれています。イネやタケなどの草本植物では、それぞれリグニンの含まれる割合だけでなく、リグニンの構造も異なることが知られています。

 グアイアシル型リグニンは、シリンギル型リグニンよりも微生物分解を受けにくく、キノコにも針葉樹より広葉樹をよく腐朽できるタイプが多くみられます。

【酵素には構造が重要】

 森の分解者であるキノコが持つ特別な能力を解明するために、木材分解酵素が研究されています。植物の多種多様なリグニンを分解するために、キノコも多様なリグニン分解酵素を獲得してきたと考えられます。これまでの研究から、ヒラタケのリグニン分解酵素は、リグニンのような大きな分子に対して直接作用しやすい構造(図)であることがわかってきました。キノコは、木材中の隙間に菌糸を侵入させ、分解酵素を菌体内でつくった後、菌体外に分泌します。その後、菌糸の侵入できない細胞壁に接触した酵素がリグニン分解に役立ちます。

 キノコの能力を理解し利用するためにも、酵素の研究が重要であると考えています。


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