木の分解をたすけるキノコのリグニン分解酵素

(岐阜県森林科学研究所)上辻久敏


 森に踏み入るとあちこちに倒木を見かけます。それが腐らずに長い間残っているのは分解されにくい成分を多く含んでいるからです。今回はそのような分解されにくい木材と木材の分解者として重要な役割をもっているキノコについて紹介します。

 木材は大きくセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3つの成分で構成されています。ヘミセルロースがセルロースの周りを取り囲み、リグニンが接着剤のような働きで、その隙間を埋めることにより強固な構造になっています。

【木材分解のかぎをにぎるリグニン】

 木材はリグニンが存在することで、微生物などによる分解を受けにくくなっています。倒木が分解されにくいのは構造が複雑で高分子のリグニンがあるからです。リグニンは木を守る天然の防腐剤だと考えられます。リグニンは、難分解性の成分で、もし人工的に分解しようとすると高温、高圧下のもとで様々な薬品を用い、多くのエネルギーを必要とします。

【リグニンを分解するキノコ】

 自然界には、リグニンを分解できる生物種としてキノコがいます。キノコの中でも強い分解力を持つのが白色腐朽菌というキノコです。白色腐朽菌は、リグニンを分解することでセルロースなどの成分を栄養源とし、自らの菌糸をより広範囲に広げることができます。白色腐朽菌という名前は、白色腐朽菌が木材中の褐色成分であるリグニンを分解することにより木材が白く変色することから名づけられたものです(図1)。白色腐朽菌には、ヒラタケやシイタケといった一般的に栽培される食用キノコがあります(図2)。

図1 白色腐朽菌により分解されて白くなったブナ木粉(左)
図1 白色腐朽菌により分解されて白くなったブナ木粉(左)
図2 白色腐朽菌(ヒラタケ)
図2 白色腐朽菌(ヒラタケ)

【キノコのリグニン分解酵素】

 白色腐朽菌はリグニンを分解するために、特別なタンパク質(酵素)を生産します。それは、高分子のリグニンを低分子にする働きをもっており、リグニン分解酵素と呼ばれています。その酵素は、白色腐朽菌の菌体内でつくられた後、菌体外に分泌され、木材中のリグニンに作用して、木材の腐朽を進行させるのに役立っていると考えられています。

 最近では、リグニン分解酵素によるリグニンの低分子化反応の解析や酵素の全体構造の把握、遺伝子レベルでの生産調節機構などが研究されています。その結果、白色腐朽菌の生産するリグニン分解酵素がリグニンを分解するために特別な構造をもっていることや、窒素が少ないときに酵素の生産が活発になることがわかってきました。このことはわずかな窒素しか含まれていない木材中で酵素が生産されやすいことを示していると思われます。

【おわりに】

 リグニン分解酵素を利用することは、自然条件により近い状態で、環境に配慮した分解が可能になるという利点があります。今後は、リグニン分解酵素の解明だけでなく、自然界におけるキノコの総合的な研究により、キノコの新たな利用方法が開発される可能性があります。


研究・普及コーナー

このホームページにご意見のある方はこちらまで