キノコのスーパー能力を木質利用に役立てる研究
木材を分解する酵素に着目して

(岐阜県森林研究所) 上辻 久敏



【研究の目的と概要】

キノコは自然界で物質の循環における分解者として重要な役割を果たしています。キノコによる木の分解には、酵素と呼ばれる特別なハサミのような働きをするタンパク質などを駆使していることが徐々に明らかにされてきています。また、キノコの中でも白色腐朽菌と呼ばれるキノコには、木質バイオマス中のセルロースなど糖質を残し、リグニンを選択的に分解できるものがいます。
 木質バイオマス由来の糖質を発酵源としたエタノールを製造する場合、妨げとなるリグニンを分解する方法として、現在、酸やアルカリなどの化学物質を高温等の条件で大きなエネルギー用いて処理する必要があります。
 白色腐朽菌と呼ばれるキノコたちは、常温常圧の自然環境のもとで木質中のリグニンを分解することができます。キノコたちが分解に用いている方法を研究し、利用することができれば、エネルギー投入量が少ない環境に優しい木材成分の処理方法を開発できる可能性があります。ただし、キノコのリグニン分解速度は遅く、実用化に向けての大きなネックとなっています。これは、キノコが木の分解に関係する酵素などを長い時間かかって少ししか作らないことが大きく影響していると考えられます。キノコが自然界で生きていくためには十分な量なのかもしれませんが、私たちが利用するにはもっと速くする必要があります。
 そこで、森林研究所ではリグニン分解の効率を高めるために、分解する速度を遅くしている原因の1つと考えられる酵素を大量に生産する研究に取り組んでいます。


【酵素を大量に生産する方法】

白色腐朽菌の酵素は、一般的に生産量が少なくまた長い培養時間を要するなどの問題点があるため、大量に生産する方法が確立されていません。その原因として、白色腐朽菌では、細菌のように菌株の酵素を生産する能力を向上させる方法が確立されていないことがあげられます。当研究所では、県内から多数のキノコを集め、キノコを菌糸の状態で保存管理しています。保存菌の中から、酵素をつくる能力の高いキノコを探索する試験を行いました。その結果、ほとんどのキノコは、数週間目に酵素の生産が頭打ちになり、その後、酵素の量が下がっていきました。しかし、中には100日間ずっと培地から検出される酵素の量が上昇し続けるキノコが存在していました。このキノコを使って酵素の生産量が高まる培地の組成や培養条件を調べていくと、培地組成と温度条件の組合せが、酵素の生産量に大きく影響することも分かってきました。

  
保存菌株から酵素の生産量が多いキノコの探索
保存菌株から酵素の生産量が多いキノコの探索

【おわりに】

酵素を生産する能力の高いキノコの選定と選定されたキノコの酵素生産力を最大限に引き出す条件を探索する中で少し光が見えてきました。キノコから安価でかつ安定的に酵素を大量に生産する技術の開発に向けて、酵素の生産性を落とさず培養スケールを拡大するなど残されている課題は多いですが、環境負荷の少ない木質利用を目指してこれからもキノコの能力を活用する研究に取り組んでいきます。