母樹に優しいクローン増殖
―中将姫誓願ザクラの後継樹育成―

(岐阜県森林研究所) 茂木 靖和

森林のたより 2023年8月号掲載



はじめに

組織培養は、さし木やつぎ木と同様、材料に用いた株(母樹)の性質を受け継ぐ苗を育成できるクローン増殖技術です。他の方法より小さい材料が利用できること、一度の材料採取で継続して苗育成できることから、母樹に優しい技術といえます。
  当所ではこの特性を活かして、材料が限られる天然記念物や絶滅危惧種の後継樹育成および造林樹種や特用林産物の優良個体の苗増殖に、組織培養を利用しています。今回は、母樹に対して負荷となる材料採取に焦点をあてて、最近取り組んだ中将姫誓願ザクラの後継樹育成を紹介します。

苗育成のきっかけ

本種は、岐阜市の願成寺境内にある国指定の天然記念物で、花びらの数が25〜35枚と多い八重のヤマザクラです。本体の樹勢低下や平成3年につぎ木で増殖した後継樹の減少から、地元保存会より新たなクローン苗増殖に対する要望が寄せられたことから後継樹育成に取り組みました。

材料採取と再増殖

母樹には、白鳥林木育種事業地(岐阜県郡上市白鳥町中津屋)に植えられた中将姫誓願ザクラの後継樹(図1a)を採用しました。その新梢(約10cm)を材料として採取し、葉の付け根にある腋芽を含む枝(図1b)を試験に使用しました。これを表面殺菌し、伸長した培養シュート(枝葉)を一つの芽を含むように分割(図2a)して、2〜4週間間隔で培養を繰り返すことでシュートの再増殖を行いました。
  さし木やつぎ木では、苗育成の試験の度に母樹からの材料採取が必要です。しかし、組織培養では再増殖により十分なシュートを確保できるようになるため、一度の材料採種で苗育成の詳細な検討や効率化による大量増殖が可能になります。

     
図1 材料採取
図1 材料採取
  
図2 培養シュート 図3 鉢上げした苗
図2 培養シュート 図3 鉢上げした苗

苗育成と植栽

再増殖で得られた5mm以上の培養シュート(図2b)を5〜15mmに調整して、本誌791号(2019年8月)で紹介した高原山椒と同様の方法で苗育成を行い、鉢上げしたポット苗を獲得しました(図3)。今春、その一部を当所の構内に植栽しました(図4)。今後、活着・成長・開花の検証を進めています。

     
図4 植栽後の苗
図4 植栽後の苗

おわりに

当所の構内には、岐阜県ゆかりの淡墨ザクラ、揖斐二度ザクラなどの国指定天然記念物の後継樹をはじめ約30品種のサクラが植栽され、毎年3〜4月に開花します。その様子は当所ホームページの「さくらだより」で毎年紹介されています。今回植栽した中将姫請願ザクラの後継樹が一年でも早くその仲間入りできるように見守っていきたいと思います。