樹木に使用できる農薬を増やすための取り組み

(岐阜県森林研究所) 大橋 章博



はじめに

森林研では、毎年、林木や庭木の病害虫についての問い合わせを多くいただきます。しかし、病気や害虫の診断はできても、その対策になると途端に歯切れが悪くなります。それは樹木に使える農薬が少ないからです。平成14年の農薬取締法の改正によって、 対象となる植物と害虫の組み合わせが合致する農薬しか使えなくなりました。たとえ使える農薬があったとしても、ポジティブリスト制度(基準が設定されていない農薬等が一定以上含まれる食品の流通を原則禁止する制度)により、農作物に飛散する恐れがある場所では、樹木への農薬散布は難しくなっています。

取締法の改正から随分と時間が経ちましたが、樹木に使える農薬はそれほど増えていません。農薬会社から見れば、造林木や緑化木は市場全体から見ればマイナーであり、コストがかかる農薬登録に積極的ではないからです。農薬登録は公設試験場で行った病害虫に対する薬効試験が必要なことから、造林樹種等に 対する農薬登録を進めるためには試験場が果たす役割は大きいと考えています。そこで、森林研では農薬会社からの依頼を受けて、農薬の登録拡大に向けた薬効試験を行っています。今回は、その一例を紹介します。

サクラの樹幹注入剤

サクラ類には多種の害虫が発生しますが、街中や道路沿いに植栽されていることが多く、農薬散布が難しくなっています。そうした中、樹幹注入処理できるように製剤した薬剤が新たに開発され、2013年にその薬効試験を依頼されました。樹幹注入剤とすることで、農薬の飛散を防ぐことができるので、街路樹や公園、 学校など人通りの多い場所でも使用しやすくなります。森林研では、まず、アメリカシロヒトリに対する薬効試験を行いました。試験は、葉が展葉後の4月22日に薬剤を注入し、6月10日(49日後)と8月6日(106日後)に採取した葉を幼虫に供試して殺虫効果を調べました。その結果、49日後、106日後ともに高い殺虫効果が認められました(図1)。      
写真 薬剤の樹幹への注入図1 アメリカシロヒトリに対する殺虫効果
写真 薬剤の樹幹への注入 図1 アメリカシロヒトリに対する殺虫効果

岐阜県ではアメリカシロヒトリは年に2回発生しますが、葉を採取した6月中旬、8月上旬は1回目と2回目の幼虫発生時期に一致します。このことから、春1回の処理で当年の発生を抑えることができることがわかります。こうした結果に基づいて、「さくら」の「アメリカシロヒトリ」に対し、2015年2月に新規に農薬登録され、ウッドスターという 名称で販売されるようになりました。その後の追加試験により、対象作物が「樹木類」へ、適用害虫が「毛虫類」へ拡大されました。これによって、本薬剤は「さくら」に限らず様々な樹木の毛虫類に使えるようになりました。今では、対象作物6種、適用害虫6種へ拡大しています。
  さらに、森林研ではヒノキ球果を加害するチャバネアオカメムシに対して、適用拡大を図るべく、本薬剤の薬効試験(昨年の本誌793号で紹介)を継続して行っています。
  この薬剤は殺虫効果を発揮する害虫の範囲が広いので、今後も様々な食葉性、吸汁性害虫に対し、殺虫効果が期待できます。・

おわりに

樹木に使える農薬は、まだ少なく、特に殺菌剤は殺虫剤より深刻です。今後も機会があれば、現場で問題となっている病害虫に農薬が使えるように薬効試験を実施していきたいと考えています。