無形文化遺産(の原料)を獣が食べる
―楮(コウゾ)―

(岐阜県森林研究所) 岡本 卓也



○はじめに

本美濃紙は岐阜県美濃市で生産される和紙の一種で,その原材料は楮の当年枝(その年に萌芽した枝)の内皮です。本美濃紙の製造技術は千三百年続くと伝わり,2014年には「日本の手漉き和紙技術」としてユネスコ無形文化遺産へ登録されました。

国内の楮の生産量は,1965年には3170tでしたが,2012年には69tと大幅に減少しています。岐阜県内では美濃市などでわずかに栽培されていますが,楮のみを使う本美濃紙の製造と技術の継承には,安定したコウゾの生産が不可欠です。

  
コウゾの遠景と近景
コウゾの遠景と近景

森林研究所では昨年度より美濃市およびこうぞ生産組合と協同し,高品質なコウゾの栽培技術を研究しています。その調査地で野生獣類によるコウゾの採食が発生しました。そこで痕跡調査と,自動撮影カメラによる野生獣類の調査を行いました。

○コウゾを食べる野生獣類は?

痕跡調査の結果,ニホンジカ(以下,シカ)とニホンイノシシ(以下,イノシシ)の食痕が確認されました。

自動撮影カメラには,シカがコウゾの当年枝を採食する様子と,イノシシが当年枝をくわえて引きちぎろうとする様子が撮影されました。

これらのことから,シカとイノシシがコウゾを採食することがわかりました。

また,シカはコウゾの成長期である6から7月に複数回にわたって採食すること,イノシシは9月頃に収穫できる大きさの当年枝を折って採食することも明らかとなりました。

  
確認されたシカの採食行動
  
確認されたイノシシの採食行動

○おわりに

コウゾの当年枝が欠損することは,その品質や生産量の減少に直結する問題です。特に今回明らかになった,成長期における採食や収穫間際の当年枝の折損は,コウゾの生産にとって深刻な問題と言えます。

今後は獣類の採食対策も含め,高品質なコウゾの栽培技術について検討を重ねたいと考えています。