昆虫に寄生する菌
−冬虫夏草−

(森林科学研究所)水谷和人


●はじめに
 昆虫(クモを含む)は鳥類、昆虫類、バクテリア、ウイルス、菌類などの攻撃から身を守りながら生活しています。不幸にも菌類の攻撃を受け、死に至ってしまった昆虫の体からは、きのこが発生することがあります。このきのこを発生させる菌類に与えられた名前が「冬虫夏草」です。この名の由来は冬は虫で動きまわり、夏に至れば草(きのこ)に変わるとの発想によるものです。
 冬虫夏草は分類学上、子のう菌類のバッカクキン科に属し、国内に約300種が知られています。種の名前は主にえじきとなった昆虫に基づいてセミタケ、ハチタケ、アリタケ、サナギタケなどと呼ばれます。冬虫夏草のえじきとなるものは、ほとんどが昆虫ですが、一部ツチダンゴなどの菌類や高等植物の果実もあります。きのこの形態は、こん棒状やたんぽ状で高さ10cm未満の細長いものが多く、担子菌類に属するシイタケやマツタケなどのヒダを持つきのことは大きく異なります(写真1、2)。この一見きのことは思えないような形が原因なのか、きのこが発生していても見落とされることが多いようです。地上などに発生したきのこを丁寧に掘ってみると、えじきとなった昆虫などにしっかりとつながっていることが確認できます。


写真1 セミタケ

写真2 サナギタケ

●健康食品としての期待
 中国では冬虫夏草が古来より不老不死、強精強壮の秘薬として重用されてきました。中国で冬虫夏草と言うと、コルディセプス・シネンシス一種だけを指します。このコルディセプス・シネンシスは以前、陸上長距離の世界記録を次々塗り替えた馬軍団が使用するスペシャルドリンクに使用されていると言う報道で、一躍脚光を浴びました。この菌は中国やネパールの高地に生育するコウモリガの幼虫に発生し、市場で高価に取り引きされています。しかし、市販されているものは野生のものを採取しているのが現状で、現在は乱獲で発生量が激減しているとされています。
 コルディセプス・シネンシスは、強壮、強精、結核、動脈硬化、神経痛、風邪、制ガン、免疫力の賦活について高い薬理作用が証明されています。日本に分布するセミタケは小児のひきつけ、咳、のどの腫れ、眼疾、免疫力の賦活、制ガンに効果があるとされており、ハナヤスリタケには抗ガン作用、造血作用が認められています。その他の種でも強精強壮、抗腫瘍性などの作用を持つことが次々報告されています。

●冬虫夏草の栽培
 健康食品として注目されている冬虫夏草ですが、人工栽培されて流通しているものはないと思います。商品価値があり、乱獲等により発生量が激減しているものは、早急に人工栽培化を図らなければなりません。また、新たな機能性成分を見つけるためには多くの試料が必要になります。これらの仕事を効率的に進めるためにも人工栽培化は欠かすことができません。実際、冬虫夏草の人工栽培に関する研究はいくつかの大学や研究機関で行われています。これまで、冬虫夏草はきのこを大量に人工栽培することが困難とされていました。しかし、近年冬虫夏草の仲間であるサナギタケ、ハナサナギタケなどは比較的子実体を作りやすいと言うことで、人工栽培化に向けた取り組みが紹介されています。しかし、その他多くの冬虫夏草は未だ手つかずと言った状態です。

●森林研の取り組み
 現在、当研究所では菌に寄生するものも含めて数種の冬虫夏草を保有しています。これらは、各種の栄養を添加した寒天培地上で菌糸の状態で保存しています。
 サナギタケ及びハナサナギタケの培養の難易を冬虫夏草以外のきのこと比較したのが図−1です。菌糸伸長速度は木材腐朽菌であるヒラタケ、シイタケ、ナメコなどには劣りますが、菌根菌であるショウロ、コツブタケ、アミタケ、マツタケなどに比較すると2倍以上を示しています。このように、培養は生きた昆虫あるいは菌も必要とせず比較的簡単なようです。

 研究は始めたばかりで、現在課題の予算化へ向けて作業を進めています。今後は各種の冬虫夏草の収集・保存に努めるとともに、人工栽培化への検討を行っていく予定です。まずは、冬虫夏草の収集なくては仕事が進められません。もし、冬虫夏草を見つけられたら、ご一報下さると幸いです。


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