フィトンチッドと森林浴について


(森林科学研究所)森 孝博


☆はじめに
 木材を化学成分で分類すると、主要成分と副成分とに分けることができます。木材の主要成分は、セルロース、ヘミセルロースとリグニンからなり、副成分はテルペン類、芳香族化合物、脂肪族化合物、無機物などからなっています。これら副成分の中で、メタノール、水などの中性溶媒で抽出される成分を、抽出成分と総称しています。
 抽出成分は主要成分に比べ含有量が少なく、通常の材で2〜5%程度ありますが、南洋材では含有量の多いものがあり、中には20%弱にもおよぶものがあります。いずれにしても主要成分とは異なり樹木の生理作用と間接的に結びついており大変重要な成分となっています。
 また、抽出成分は化学的な面から分類を行う化学分類学(Chemotaxonomy)においても重要な役割を果たしています。

☆木(樹木)の香り成分
 人が木の香りをが感じるのには、次のことが必要です。
○香り成分が低分子量で、揮発性であること
○水及び脂質にある程度可溶性であること
○分子内にアコール、フェノール、アルデヒド、エーテル、カルボキシル基などの官能基及び不飽和結合を持つこと
 そのため、木の香り成分の大部分は、内鎖状及び環状のモノテルペン類、セスキテルペン類であります。
 テルペン類とはイソプレン(C)がいくつか結合してできた化合物の総称です。その中でもイソプレン2個結合したモノテルペン、3個結合したセスキテルペンの一部は、揮発性が高く空気中を漂い森のにおいを作り出しています。
表ー1に代表的な針葉樹及び広葉樹の主な香り成分を示しました。針葉樹には ふつう数十種類のテルペン類が含まれており、樹種によってその量や種類が異なり、樹によって色々な匂いがします。
 これら木(樹木)のにおいを抽出するには一般に水蒸気蒸留法、有機溶媒抽出法などがあります。水蒸気蒸留によって得られる液状の香り物質を一般に精油(Essential Oil)と、呼んでいます。
 表ー2に我が国に生育する主な樹種の精油の量を示しました。精油は一般的に針葉樹の方が多く含まれますが、広葉樹の中でもクスノキ、シキミなどのように多く含む樹種もあります。また、樹木の部位別では葉に多く含まれています。
 精油の主な構成成分は揮発性の高いテルペン類でありますが、このほかにフェノール類等も含まれています。

☆森林浴のすすめ
 森林浴がすがすがしく感じるのは、フィトンチッド(Phytoncide)の効果によるものであると言われています。  フィトンチッドとはもともとロシア語からきており、フィトンとは「植物」、チッドとは「他の生物を殺す能力を有する」を意味しており、「植物からでる揮発成分は殺菌作用がある」と言うような意味になります。
 フィトンチッドとは植物から発散されるテルペン類等の揮発性物質であり、植物はその生命を維持するため、また自らの成長を促すために、フィトンチッドを幹や葉から大気中に放出しています(森林気相現象)。
 この揮発している状態のテルペン類等を浴びることを森林浴(Ablution with phytoncides)といい、最近ではずいぶんと私たちの中に定着してきています。
 今日、地球上の全植物から放出されるフィトンチッドの量はおよそ一億五千万トンにおよび、それは全世界の工場排煙や自動車排気ガスなどの6倍にも達すると言われています。
 この森林気相現象による森林生態系への自浄作用は、テルペン類が部分酸化する際に現れるマイナスイオン物質の作用であり次のような効果があります。
○害虫忌避
○有害菌の不活性化
○消臭効果
○精神安定効果(リラクゼイション)等
 人類にとってまさに大自然の恵みでもあり、宝と言っても過言ではありません。
 さらに、森林浴はこれらの効果により、次のような優れた医療・美容効果が認められています。
○大脳皮質を活性化し調整力を高める
○高血圧を抑制
○神経系の緩和
○皮膚病・呼吸器系疾患の改善
○アレルギー性疾患の予防、回復等
 また、最近ではヒノキチオールが院内感染を引き起こすMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)への抗菌作用があることが見出されています。
 このように森林浴と密接な関係がある精油(テルペン類)の量は季節により変動していると言われています。図ー1に代表的な針葉樹の月別の精油量を示していますが、6月から8月にかけてどの樹種も精油量が多く冬は少なくなっています。従って森林内の大気中のテルペン濃度も春から夏にかけて多くなり、空気がが新鮮でおいしいと感じます。
 針葉樹林内のテルペン濃度は季節により数百ppbから数ppmの違いがでています。捕集されるテルペンは、αー、βーピネン、カンフェン、リモネンなどのモノテルペンが主であり、通常はαーピネンの濃度がもっとも高くなっています。
 フィトンチッドの森林内での作用は未だ分からない部分があるにしても、森林の中でほのかににおうテルペンの香りが疲れた体をいやし、安らぎを与え、すがすがしい気分にしてくれるのは確かです。
 皆さんも、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、木の葉が風に揺れる音を聞ながら森林を散策してみましょう。


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