チョレイマイタケの菌核形成を目指して


(岐阜県森林科学研究所)水谷和人


●チョレイマイタケの菌核
 チョレイマイタケはブナやミズナラの樹林下またはこれらの伐採跡地に発生し、東北地方ではスギマイタケなどと呼ばれるマイタケに似た形の食用キノコです。このキノコは直径10〜25cmの、表面が黒くて硬い菌核(写真−1)を作ります。この菌核は形がイノシシの糞に似ているところからチョレイ(猪苓)と呼ばれています。

写真1チョレイマイタケの菌核

 キノコはその置かれている環境に応じて様々な形の構造体を作り、そのうちの一つが菌核です。チョレイマイタケを始めとしてブクリョウやタマチョレイタケなどのある特定のキノコは、悪い環境条件下に置かれた場合に菌核を形成します。菌核は主に土の中に形成され、物質の貯蔵あるいは生育不適環境に対する抵抗性に機能するものと考えられています。
 チョレイマイタケの菌核は古くから解熱、止褐、利尿薬として漢方薬で利用されており、菌核から得られた水溶性物質は胆癌マウスに対して強い抗腫瘍作用を持つことが報告されています。しかし、積雪の多い場所に発生する比較的まれなキノコであり、東北地方などでも野生のキノコや菌核を採取することは非常に困難なようです。
 このため、現在、チョレイマイタケの菌核を短期間に大量に形成させることを目的とした試験を行っています。現時点では菌糸を培養して塊状の組織を形成させることが可能となりましたが、これが菌核なのかどうかが確認できていません。ここでは、この塊状の組織を便宜上菌糸塊と呼び、これまでの試験結経過について述べたいと思います。

●菌糸塊を作りやすい菌株を選抜する
 まず、いくつかの菌株の中から菌糸塊を作りやすいものを選抜することとしました。使用した菌株は青森県から分譲された6菌株、および比較対象菌として遺伝資源配布機関である農業生物資源研究所から購入した菌株MAFF-420301です。これらの7菌株を菌の培養で普通に使用されるPDA培地(寒天培地)で培養しました。結果、PDA培地上に伸長した菌糸の表面は、放射状のシワを形成するものや、空気中に菌糸を大量に伸ばしてふわふわした感じのものや、指で触ると粉が付着する粉状のものなど菌株によって様々でした。また、菌糸伸長速度も菌株によって違いが見られました(表−1)。

表1菌株別の菌糸伸長速度および菌糸塊形成率

この菌糸伸長速度はシイタケやナメコに比較すると1/5程度で、非常にゆっくりでした。さらに、培地上に伸長した菌糸の表面には、菌株によっては伸長した菌糸とは形態の全く異なる菌糸塊を形成しました。中でも9807Aと9021Aは他の菌株に比較して大きく、直径約2cmの菌糸塊を形成しました(写真−2)。

写真2培養中に形成した菌糸塊

●より大きな菌糸塊を作る
 チョレイマイタケはPDA培地上に菌糸塊を形成することがわかりました。しかし、PDA培地で形成させることができる菌糸塊の大きさは、直径約2cmが限界です。そこで、PDA培地上に形成した菌糸塊よりも大きなものを形成させることを目的として、オガコ培地での培養を試みました。まず、予備試験として培養に適したオガコの樹種を検討しました。使用したオガコはブナ、コナラ、シイタケの廃ホダ(コナラ)、ヒノキ、スギ、アカマツ、カラマツの7種です。これらに米ヌカを重量比で10:2の割合で添加し、含水率を65%に調整してシャーレに詰めました。120℃で60分間滅菌した後、菌糸塊を作りやすいと考えられた菌株9807Aおよび比較対象菌としてMAFF-420301の菌糸体を接種しました。21℃で46日間培養後、菌糸伸長速度および肉眼観察による菌糸密度を測定しました(表−2)。9807AおよびMAFF-420301ともに菌糸が伸長したのは、ブナ、スギ、カラマツのオガコで、最も菌糸伸長が早くて菌糸密度が高かったのはブナでした。

表2オガコ樹種別の菌糸伸長速度及び菌糸密度

 次に、予備試験で菌糸伸長が良好であったブナオガコについて、より大きな培地で菌糸塊の形成有無を調べました。80℃で乾燥したブナオガコに米ヌカを容積比で10:2で添加し、含水率を65%に調整してP.P.袋に500g詰めました。120℃で120分間滅菌した後、別途オガコを主体とした培地で培養した種菌(菌株9807A)を約5gずつ接種しました。21℃、暗黒下で46日間培養した後の菌糸塊形成状況は写真−3のとおりです。菌糸は培地の7〜8割程度に伸長しているに過ぎませんが、培地上面には菌糸塊がいくつも形成されました。この菌糸塊はPDA培地上で観察されたものより大きく、1培地あたりの菌糸塊発生量は約10gでした。この培地は、現在も培養を継続しており、菌糸塊の成長を観察しています。

写真3ブナオガコ主体の培地に形成した菌糸塊

●形成した菌糸塊について
 PDA培地およびオガコ培地上に形成した菌糸塊の表面は、始め白色で培養に伴って灰色に変化しますが、黒色までには至っていません。硬さも野生のものに比較すると非常に柔らかく、指で簡単に潰れてしまいます。しかし、菌糸塊の表面には肉眼でも確認できる被膜が形成されています。現在は、この菌糸塊が菌核なのかどうかを確認するため、人工的に形成させた菌糸塊と野生の菌核の内部組織を顕微鏡観察する作業を進めるとともに、より大きな菌糸塊を形成させる方法について検討しています。


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