岐阜県におけるナラ類の集団枯損被害

(岐阜県森林科学研究所)大橋章博


◆はじめに
 近年、日本海側の各地でミズナラ、コナラの中・大径木が集団で枯死する被害が発生し、大きな問題となっています。従来、この被害は同じ地域で5〜10年程度続けて発生し、その後は鎮静化していました。しかし、ここ数年は、被害が終息せずに未発生地域にまで拡大する傾向にあります。岐阜県でも数年前にこの被害が発生し、被害範囲は年々拡大しています。被害発生地ではナラ類が集団的に枯死していることから、林地保全や景観といった公益的機能の低下が懸念されています。
 そこで、当研究所では被害が発生している府県の研究機関とともに、被害原因の解明や防除技術の開発を目指した調査を行ってきました。このうち今回は、岐阜県における被害の発生状況や防除への取り組みについて紹介します。

◆被害発生の仕組み

図1被害発生の過程

 被害はRaffaelea quercivori菌(以下Raffaelea菌)とそれを伝播するカシノナガキクイムシという昆虫によって引き起こされると考えられています(図−1)。カシノナガキクイムシは養菌性キクイムシの1種で、木の中に共生菌であるRaffaelea菌を持ち込み、材内で繁殖した菌を食べて生育します。カシノナガキクイムシ雌成虫の前胸背には数個の円孔がみられます(写真−1)。これは胞子貯蔵器官と呼ばれ、この中に共生菌の胞子を取り込み、新しい木に運びます。

写真1カシノナガキクイムシ(♀)
写真−1 カシノナガキクイムシ(♀)

 被害はカシノナガキクイムシがナラ類の樹幹下部へ集中加害するところから始まります(写真−2)。このとき材内にRaffaelea菌が持ち込まれます。Raffaelea菌は幼虫の坑道に沿って伸長し、繁殖します。これに伴い、辺材部には暗褐色の変色域が形成されます。この変色域は通水が阻害されるため、やがて木は萎凋を起こし枯れてしまいます。

写真2抗道から排出されたフラス
写真−2 抗道から排出されたフラス

◆岐阜県における被害発生状況
 岐阜県における被害は1998年に揖斐郡坂内村で初めて確認されました。被害木を解析した結果、被害が1996年には既に発生していたことがわかりました。被害はその後も拡大する傾向にあり、1999年には揖斐郡藤橋村、本巣郡根尾村に拡大し、2002年には新たに揖斐郡久瀬村、谷汲村からも被害が確認されました(図−2)。このうち、被害地の東端は根尾東谷川の上流部、上大須ダム付近に達しています。この被害地の尾根を越えた反対側は長良川流域になります。今のところ被害は揖斐川流域の上流部に限られていますが、被害が依然として拡大する傾向にあることを考えると、長良川流域へ拡大することは十分考えられます。さらに、2002年には新たに富山県西砺波郡福光町でもナラ枯損被害の発生が報告されていること、被害が終息していた福井県大野郡和泉村で再発し拡大していることなどを考慮すると、飛騨地方や長良川上流域へ侵入することも危惧されます。

図2岐阜県と近隣地域におけるナラ類の集団枯損被害発生状況

◆ くん蒸剤による防除
 被害が依然として拡大し終息しない今、早急に防除技術を開発することが求められています。本被害の防除技術を考えるとき、伝染経路(図−1)をどこで遮断するかが重要なポイントとなります。カシノナガキクイムシの生態などを考慮すると、被害木内のカシノナガキクイムシを殺虫することが効果的と考えました。カシノナガキクイムシの穿入孔は地上高2m以下に集中することから、この部位にNCSくん蒸剤(以下くん蒸剤)を注入し、駆除することを試みました。高さ0〜1.5mの部位に20B間隔で千鳥格子状にドリルで注入孔(直径1cm、深さ5cm)を開け、そこにくん蒸剤を注入し、布製ガムテープで被覆しました。1週間後、処理木を伐倒し、地際部から1m間隔で円板を採取しました。この円板を割材してカシノナガキクイムシの生死を調べることで薬剤の殺虫効果を検討しました。その結果を示したのが図−3です。薬剤を注入した0〜1.5mの部位ではカシノナガキクイムシは全て死亡しており、その上部でも死亡個体が認められました。4m以上の部位では死亡が認められませんでしたが、この部位ではカシノナガキクイムシの生息密度が低いことから、実用上十分な効果があると思われます。

図3くん蒸剤の注入による駆除効果
図−3 くん蒸剤の注入による駆除効果

◆おわりに
 くん蒸剤の注入による防除法は単木的な防除方法であり、既に集団で枯損している場合には有効な防除法ではありません。あくまでも被害の先端地域で、数本単位の被害が発生した林分でのみ有効な防除法と言えます。今後は、より省力的な処理方法を検討していくとともに、林分全体の防除を行える方法も開発していきたいと考えています。


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