ヒノキチオール今昔物語

森林科学研究所森 孝博


 樹木抽出成分は古くから香料、築品、染料などに利用されてきました。その一方で石油化学の発達により種々の化学合成物質が作られるようになってきました。
 しかしながら、最近の地球環境問題の中で、化学合成物から天然物への指向が強くなってきており、樹木抽出成分も再び注目されてきています。
 樹木抽出成分の中でも、良く知られているのがヒノキチオールであります。
 今回、ヒノキチオールについて、この発見から現在の利用などについて紹介します。

★ヒノキチオールの発見とその構造
 ヒノキチオールという名前はどこからきたのでしょう。
 ヒノキチオールの名前は「タイワンヒノキ(Chamaecyparis taiwanensis)」に由来するものであります。
 1930年代に野副鉄男氏(当時台北大数授)がタイワンヒノキ材の精油を研究している内、融点が51〜52℃の分子式がC10H12O2の結晶を得て、これをヒノキチオールと命名しました。
 その後、研究が進み、1940年代になって化学構造が解明され、炭素7個が環状に結合(7員環)した芳香族化合物であることが明らかになりました(図−1)。一般には、炭素6個が環状に結合(ベンゼン核)した化合物が多く、当時このような7員環を持つ物質は天然物にはほとんどなく、大変珍しい物質でした。

 また、時は同じくして、スウェーデンのH.Erdtman氏はベイスギ(Thujapalicata ツヤプリカータ)の心材から融点が34、52、82℃の物質を単離し、樹木の名前にちなんで、α-、β-、γ-ツヤプリシンと名付けていました。
 その後、野副氏は東北大学で研究を続行し、Erdtmanとの連絡でβ-ツヤプリシンとヒノキチオールが同一物質であることを突き止めました。
 何の連絡もなく研究を進めていた物質が、同じ構造を持った同一物質であったという結果に到達しました。

★トロポロン類の含有樹種
 このヒノキチオールのような7員環の核を特にトロポロン(tropolone)と呼び、この骨格を持った化合物をトロポロン類(トロポノイド)と呼んでいます。
 このようなトロポロン類はヒノキ科(Cupressaceae)特有の成分であります。
 ヒノキ科の中の9属(ヒノキ属、ホソイトスギ属、アスナロ属など)でその存在が知られヒノキ属においては5種(ペニヒ、ローソンヒノキ、ペイヒバ、タイワンヒノキ、ヌマヒノキ)に見いだされていました。
 現在、青森ヒバなどからヒノキチオールが抽出され利用されています。
 これまで、おなじヒノキ属の中でも本邦産ヒノキにはヒノキチオール等のトロポロン類は含まれていないとされてきましたが、最近になって、木曽ヒノキからヒノキチオールが発見されたという報告がありました。
 そこで、当所でも岐阜県産のヒノキからGC/MSD(ガスクロマトグラフ質量分析装置)によりヒノキチオールを検出しました。また、異性体であるα-、γ-ツヤプリシン、また、類縁体化合物であるβ-ドラブリンも検出することができ、その存在が確認されました。
 さらに、HPLC(高速液体クロマトグラフ装置)により樹木横断面での分布を調べた結果(図−2)、心材部では中心から辺材に向かうに従ってその含有量が高くなり、辺材ではほとんど含まれていないことが分かりました。

 この分布は樹木中で生合成された樹木抽出成分の含有量の分布と良く一致しています。このことは、ヒノキチオールが外部から混入したのではないことを示唆しています。
 このように最近では、分析機器の発達等により、樹木中にある極微量な成分まで分かるようになってきました。

★ヒノキチオールの利用
 最近、ヒノキチオールは、多くの生理作用や抗菌作用があることが判り、利用されてきています。
 ここでその一例を紹介します。
○防腐剤
 防腐剤としての効果があり、平成元年には化学合成品以外の食品添加物として認可されました。このことにより食品への活用が増加すると予測されます。
○育毛剤
 ヒノキチオールの毛髪への効果については、殺菌、消炎、細胞活性などが認められており、ヒノキチオール入りの養毛剤が市販され、医薬部外品として利用されています。
○化粧品
 皮膚病の原因細菌及び糸状菌に対し、優れた抗菌性を示すため、化粧品中に調合され、医薬部外品として市販されています。
 その他、ヒノキチオールには各種菌類に対する抗菌効果(表1)が見いだされており、各方面での利用が期待できます。

表−1 ヒノキチオールの各種菌類に対する最小発育阻止濃度(1994 斎藤)
菌種
最小発育阻止濃度
(μg/ml)
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus ATCC 29213) 100
連鎖球菌(Streptcoccus faecalis ATCC 29242) 100
大腸菌(Escherchia coli ATCC 25922) 100
緑膿菌(Pseudomonas aerginosa ATCC 27853) 200
霊菌(Sereatia marcescens 100
プロテウス菌(Proteus mirabilis 100
枯草菌(Bacillus subtilis ATCC 6633) 50
黄コウジカビ(Asoergillus oryzae 25
リンゴ腐乱病菌(Valsa ceratosperma 50
紫紋羽病菌(Helicobasidium monpa 50
灰色ブドウカビ菌(Botrytis cimerea 100
カワラタケ(Coriolus versicolar 林試1030) 25

 しかしながら、このようなヒノキチオールの抗菌作用のメカニズム等についてはほとんど分かっていません。広い抗菌スペクトルから考えると、生命活動の根本の部分への作用が考えられ、今後の研究が待たれるところです。
 ヒノキチオールのような、樹木抽出成分を有効に利用することが可能となれば、未利用の森林資源の活用を図ることができ、林業・林産業の活性化に貢献するものと考えています。


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