森林と水流出

(森林科学研究所)茂木靖和


はじめに
 近年、森林のもつ多面的機能が期待されています。その中でも、特に森林と水土保全機能の関係が注目されています。
 私は森林と水に関する研究にたずさわっていますが、幸運にも平成9年9月から11月までの3カ月間、国の林業関係試験研究機関である茨城県の森林総合研究所、森林環境部、水資源保全研究室へ、依頼研究員として研修にいかせていただきました。研修では、(1)森林の立地環境と水循環との関係(2)森林施業に伴う水流出量の変化(3)森林の水土保全機能の定量的評価を究明する手法やこれらに関する情報を多数得ることができました。
 そこで、今回は、実際現地をみることができた二試験地について、(2)森林施業に伴う水流出量の変化に関する試験成果を中心に紹介します。

1 太田試験地について
 森林と水流出との関係の試験は、森林量水試験として降水量、流出量等が観測され、現在、全国各地で実施されています。この太田試験地は、現在の茨城県常陸太田市の国有林に、1906年(明治39年)日本で初めて、世界でも二番目に設置されました。
 当初は、1906から1912年まで、太田試験地を含めて計3箇所8流域で並行して、有林地と無林地における流出量の比較試験が実施されました。
 その後、1915から1916年に太田試験地の広葉樹林(樹齢約20年のホオノキ、サクラ、カエデ、リョウブ、ナラ等)流域だけ皆伐して、1919年まで同一流域における有林状態と無林状態の流出量の比較試験が継続されました。皆伐後、試験は休止され、スギ・ヒノキが植栽されました。
 ところが、1980年(昭和55年)に、林齢約60年の立派なスギ・ヒノキ人工林になっていることがわかったことから、単独流域における天然広葉樹林→無林→人工針葉樹林といった林種転換が水流出へ及ぼす影響を明らかにするため、観測が再開されました。
 表に、各林種ごとの降水量と直接流出量の回帰式から求めた直接流出量の推定値を示しました。

表 回帰式から求めた直接流出量の推定値

 直接流出とは、山地流域の場合、表面流出と速い中間流出が含まれ、降雨に対する応答の速い流出をいいます。したがって、同一降水量で比較した時、水源かん養機能の高い森林では、直接流出量が少なくなります。
 森林の有無による比較では、有林期よりも無林期で直接流出が多く、森林の種類の違いでは、広葉樹林期より針葉樹林期で直接流出がやや多くなりました。
 その後、1985から1986年に試験流域の大部分が伐採され、伐採跡地には1987年に再度スギ・ヒノキが植栽されました。
 現在は、試験流域全体の流出量だけでなく、その中の幼齢林(林齢約10年)と壮齢林(林齢約75年)の流域で流出量が測定され、林齢の違いによる流出量の比較が行われています。

写真.太田試験地(壮齢林)
太田試験地(壮齢林)
写真.太田試験地(幼齢林)
太田試験地(幼齢林)

2 宝川試験地について
 宝川試験地は、現在の群馬県利根郡水上町の国有林に、奥利根水源地域のブナを主とする原生林を開発するにあたって、治水ならびに水源かん養の観点から、森林の伐採と流出量の関係を明らかにすることを目的として、1936年(昭和11年)に設置されました。
 試験流域は、全体の本流流域、本流流域の一流域である初沢流域、初沢流域の小試験流域である1〜3号沢が設定されました。
 本流流域は、(1)1934〜1938年の伐採が流出量に及ぼす影響(2)1961年以降の下流流域における部分伐採が流出量に及ぼす影響が検討され、降雪期と融雪影響期を除く8〜10月の合計流出量が伐採の影響により増加することがわかりました。
 初沢流域は、(1)1948年以降の50%択伐が流出量に及ぼす影響(2)1961年以降の皆伐が流出量に及ぼす影響B皆伐後に植栽されたスギ・カラマツの成長による流出量の変化が検討され、本流流域と同様、8〜10月の合計流出量が伐採の影響により増加することがわかりました。また、定量的評価を行うと、原生林期と比較して50%択伐期が平均8.2%増加、皆伐期が平均22.3%増加しました。植栽木の成長による影響は、森林の回復とともに流出量が少なくなり、元の状況へ戻りつつあることが明らかになりました。
 小試験流域の一号沢では、等高線にそった帯状伐採が流出量に及ぼす影響が検討されました。温暖期(6〜10月)の流況曲線の解析は、図のように帯状伐採後は伐採前と比較して平・低・渇水流出量の増加割合が大きくなりました。

表 温暖期における流況曲線

 流況曲線とは、日流出量を多い方から順番に並べたものです。また、順位を区切って、上位から豊・平・低・渇水流出量とし、解析の対象としています。一般に、豊水流出量が少なく、平・低・渇水流出量が多い森林は、水源かん養機能が高いといえます。
 なお、現在、各試験流域は、森林の回復と流出量の変化を中心に試験が行われています。

おわりに
 森林と水流出の試験は、自然条件下で行われるので、降水量等の試験条件を思いどおりに調整できません。また、樹木の成長は大変時間がかかります。したがって、森林の水源かん養機能を評価するには、長期間の観測データが必要となります。
 今回の研修でみることができた二試験地は、長期間の観測データを持ち、多くの成果を提供してきましたが、最近の水、環境問題の高まりから、今後さらに、重要性を増すと予想されます。


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