森林内を散策することで気分はどう変わるのか?

(岐阜県森林科学研究所)井川原弘一


写真 120年生広葉樹天然林での様子
写真 120年生広葉樹天然林での様子

■はじめに
 “森林(もり)に行きたいなあ”と思うときはどんなときでしょうか。私は落ち着かないときや気分が滅入っているとき、仕事が忙しいときにそう思います。実際に、森林に行きたい理由として、“安らぎたいから”をあげる人も多いようです。近年、森林の利用形態は実に多様化しています。その一つに、森林療法や森林療育といったメンタルケアへの利用が脚光を浴びています。
 このように、森林の持つ保健休養効果に対する期待は非常に大きいのですが、その効果を検証した事例は多くありません。この理由として、この分野の研究者が少なかったこととその生理的・心理的な効果の評価方法が確立していなかったことが考えられます。
 今回は、質問紙法によって森林散策が人の心理状態にどのような影響を与えるのか把握することで、メンタル面からみた森林の保健休養効果について考えてみたいと思います。

■心理状態をはかる方法
 最近、医療や介護・福祉、産業保健およびスポーツ医学分野などにおいて、メンタルヘルスケアを目的として心理状態をはかることがよく行われています。その方法は、自分の気分の状態に関する設問に答えていく、質問紙法によることが多いようです。
 この質問紙法は、臨床心理学の分野で患者の心理状態を把握するために発展してきた手法であり、質問紙も多岐にわたっています。質問紙には、SDS(自己評価式抑うつ性尺度)とかMAS(顕在性不安検査)、POMS(気分プロフィール検査)などがあります。
 これらの質問紙の特徴について述べると、SDSは20項目の設問に答えることで「抑うつ性」尺度を、MASは65項目の設問に答えることで「不安」尺度を測定することができます。また、POMSは65項目の設問に答えることで「緊張・不安」、「抑うつ・落込み」、「怒り・敵意」、「活気」、「疲労」、「混乱」の6つの気分尺度を測定することができます。
 そこで、質問紙からわかる気分尺度の数からPOMS(Profile of Mood States)を今回の調査に用いることにしました。POMSは回答結果から素得点を求め、これを標準化した標準化得点を用いて、被験者の気分状態を判断しますが、ここでは素得点を用いて解析することにしました。
 被験者は、岐阜大学附属演習林(萩原町山之口)で演習林実習に参加している学生16人(男性11人、女性5人;20代)としました。調査は平成14年9月20日(演習林実習3日目)に行いました。調査時の天候は晴れで、森林内は散策しても汗をかかない快適な条件でした。
 被験者には、森林散策に出かける前(9時頃)と帰って来た後(15時頃)にPOMSに回答を求めました。

■散策した森林
 散策した林分は、表−1に示すように落葉広葉樹林を主体に林齢15〜300年の4林分としました。それぞれの森林内で、散策した森林をどう感じたかについて16組の形容詞対に対して、7段階で評価してもらいました。

表1散策した森林

 その結果を図−1に示します。快適性を表す形容詞対である「快適な−不快な」や「すがすがしい−うっとうしい」の評価をみると、4林分ともに正の値であり、散策した森林は快適であったことがうかがえます。また、林分ごとの評価が大きく異なっていたのは「自然な−人工的な」、「多様な−単調な」の項目でした。90年生の針葉樹人工林は人工的で単調であり、15年生の広葉樹人工林は自然でも人工的でもなく、多様でも単調でもないという評価でした。一方、120年生と300年生の広葉樹天然林は自然で多様であるという評価でした。

図−1 散策した森林の評価プロフィール
図1散策した森林の評価プロフィール

 「好き−嫌い」の評価は4林分とも好きという評価であり、300年生広葉樹天然林≧120年生広葉樹天然林>15年生広葉樹人工林>90年生針葉樹人工林の順でした。
 この評価をみると、散策した林分は総じて快適で好ましかったようです。

■心理状態の変化
 散策前と散策後で心理状態はどう変化したのでしょうか。被験者16人のPOMS素得点の平均値を図−2に示します。

**:p<0.01,*:p<0.05(Wilcoxonの符号付き順位検定)
図−2 気分プロフィール検査の結果
図2気分プロフィール検査の結果

 ここで、POMSで測定できる6つの気分尺度について説明します。「緊張・不安」はリラックスしているかどうかを示す指標で、この値が大きいとリラックスしていない状態です。「抑うつ・落込み」はその値が大きいと自信喪失感を伴った抑うつ状態であることを示します。「怒り・敵意」は不機嫌だったり、イライラがつのっているときに大きな値となります。「活力」は他の5つの尺度とは負の相関があり、元気さや、躍動感、活力の指標です。「疲労」は意欲や活力の低下を示し、「混乱」は当惑や思考力低下を示す指標です。
 森林を散策する前後で有意な差がみられたのは、「緊張・不安」、「抑うつ・落込み」、「怒り・敵意」の3つの気分尺度でした。いずれも散策前よりも散策後の値の方が低くなりました。つまり、快適な森林の中を散策することで、リラックスし、抑うつ状態とイライラが解消されるなど、気分が和んだということです。

■おわりに
 このように快適な森林を散策することは人の気分を“和ます”効果があると考えられます。
 この考察では、森林内の散策の結果だけで検討してきましたが、厳密にいえば、対照としての森林外と比較検証しなくてはいけません。そのため、この「和み」の効果が森林によるものか散策によるものかについては言及できません。しかし、森林内を散策することによって気分が和んだということは事実です。
 そこで、みなさんに提案です。気分が落ち込んだときやイライラしているとき、はたまた仕事が忙しいときにこそ、森林の中を散策して心を和ませてみませんか。

 最後になりましたが、本調査にご協力いただいた岐阜大学農学部附属演習林の伊藤栄一講師ならびに被験者の皆さまに感謝いたします。


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