林木の炭素固定能力
−可児市の針葉樹林を例として−

(岐阜県森林科学研究所)大洞智宏


■はじめに
 人間の産業活動の活発化に伴い、化石燃料が大量消費されています。このため、大気中の二酸化炭素の濃度が上昇し地球温暖化が進行しており、その防止対策が急務になっています。一方、樹木は光合成により二酸化炭素を吸収することから、炭素の蓄積の場として注目されています。
 このため、世界各地で、森林の炭素固定能力に関する研究が行われています。当研究所においても、この研究に着手しているので、今回は可児市の針葉樹人工林で調査した結果を紹介します。

■調査地の概要
 調査は、可児市大森にある大森財産区有林の20年生のスギ、ヒノキ、アカマツ林で行いました。この林分に、スギ区、ヒノキ区、アカマツ区の3つの調査区を設定しました。調査地の前生樹はクロマツであり、1980年に現在の林木が植栽されました。この地域では、古くから森林が過度に利用されていたため、荒廃が著しく、現在でも表土は薄く、やせた土壌となっています。

■林分調査
 調査は、各調査区内の主林木の胸高直径(D)と樹高(H)の全木調査と、標本木の幹部、枝部、葉部の重量を調査しました。調査林分の概要を表−1に示しました。土壌がやせているため生育状況はあまりよくありませんでした。

表1 林分の概要

■現存量調査
 標本木の決定では、はじめにすべての立木について、大きさの指標であるD2H(胸高直径の2乗に樹高を乗じたもの)を算出しました。次に各調査区ごとに、D2Hの平均に相当する個体、D2Hの平均±標準偏差に相当する個体、D2Hの平均±標準偏差×2に相当する個体の計5本を伐採し標本木としました。アカマツについてはD2Hの平均十標準偏差に相当する個体がなかったため、4本としました。伐採した標本木は、幹、枝、葉に分別し各部分ごとの生重量を測定しました。また、その中から、乾燥用試料を採取し乾燥し、全体の乾燥重量(地上部重量)を算定しました。標本木の概要を表−2に示しました。

表2 標本木の概要

■地上部重量と炭素蓄積量
 算定した標本木の地上部重量から林分全体の重量を堆定しました。このとき、相対成長関係という関係を利用します。これは、生物の全体もしくは部分と他の部分との間の相対関係を求めることによって、同じ条件下で生育する他の同じ生物の成長を類推する方法です。はじめに、標本木のD2Hと地上部の重量(W)の関係をみました(図−1、例:スギ)。

図1 地上部重量とD2Hの関係(スギ)

 次に、あらかじめ算出してあるD2Hをもとに、先程のD2HとWの関係から個々の立木の重量を算出しました。これらの値を合計することによって林分全体の現存量とするのです。この結果、各林分の現存量は20年間で、スギ約39t/ha、ヒノキ約47t/ha、アカマツ約49t/haになりました。
 では、いったいどの位の量の炭素がこの林分に蓄えられているのでしょうか。通常、乾燥重量の約半分が炭素であると言われています。この調査地で考えるとスギ林で約20t/ha、ヒノキ林で約24t/ha、アカマツ林で約25t/haの炭素が主林木だけで蓄えられています。

■幹部の炭素年間固定量
 この林分で1年間にどの位の炭素を固定しているのかを推定するために樹幹解析を行いました。樹幹解析とは樹幹を地上0mの位置と0.2mの位置から1mおきに切り、各断面で年輪数、年輪幅を調べて成長を把握し、材積成長などを知る方法です。この方法を用いて、1年間に増加した材積を知ることができれば、樹種ごとの比重をもとに増加した重量がわかり、蓄積された炭素の量を推定することができます。そこで、標本木の5年間の材積成長量とD2Hの関係をみました(図−2、例:スギ)。

図2 材積成長量とD2Hの関係(スギ)

この関係から、最近5年間でha当たりスギでは約26m3、ヒノキでは約38m3、アカマツでは約31m3林分材積が増加していることがわかりました。これを1年間に固定される炭素量に換算するとそれぞれ約1t、約1.8t、約1.6tとなります。しかし、森林全体での炭素の年間固定量を考える際には、枝部や、葉部、地下部、林床の植物、土壌における増加量を加味する必要があります。今回は推定のしやすい幹部のみの量なので実際にはもっと多くの炭素を固定しています。

■二酸化炭素で考えると
 このスギ林では幹部だけで1年間に1haで約1tの炭素を固定していることが判りました。では、1tの炭素とはどんな量なのでしょうか。1tの炭素(C)は二酸化炭素(CO2)にすると酸素(O2)の重さが加わって3.6tになります。成人1人が1年間で吐き出す二酸化炭素は約370kgだといわれています。ということは、3.6tの二酸化炭素は1年間で約10人の成人が吐き出す量ということになります。

■おわりに
 一般的に土壌の条件の良い林分では、樹木の成長が良くなり炭素の固定量も多くなります。しかし、今回調査を行った可児市の林分は表土が薄く、土壌がやせているため、林木の成長は良くありません。このため、炭素の固定量は小さめの値をとりました。このほかに林分密度や樹種によっても炭素の固定量は大きく異なるので、精度の高いデータを得るためには、様々な森林においてこのような調査を行う必要があります。
 地球温暖化が大きな問題となってきた現在、森林の炭素固定能力に大きな期待がよせられています。実際に今回調査したように森林は確実に二酸化炭素を吸収し続けています。しかし、よく考えてみてください、二酸化炭素など温暖化の原因となる物質を最も多く排出しているのは私たち人間なのです。森林に過度の期待をする前に、私たち一人一人が自分の生活を見直す必要があるのではないでしょうか。


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