大発生したブナカイガラタマバエ
−原因は異常気象?−

(岐阜県森林科学研究所)野平照雄


 昆虫類の中には葉にコブを造って生活するという変わったものがいる。タマバエもその仲間である。このコブは虫えいと呼ばれる幼虫の住家で、いろいろな植物に見られる。しかし、多いのはブナで、26種類ものタマバエが生活している。これらのタマバエは発生期をずらしたり、虫えいを造る場所を違えてブナの葉の住人として共存共栄を図っている。
 ブナ林では残雪の見られる4月下旬頃からこれらのタマバエ類が次々と発生し、直ちに産卵する。しかし、ブナが芽吹き前だったり、逆に葉が開いていると卵を産むことができない。タマバエの寿命は長くて2日、短いものでは数時間である。このため、ブナに寄生するタマバエは芽吹き時にうまく羽化できるかどうかが鍵なのである。しかし、なかなかタイミングがあわず、どのタマバエもたくさん産めないのである。このことが幸いして26種類ものブナの葉の住人が仲良く暮らしているのである。

■突如大発生!
 ところが平成2年6月上旬、このブナの葉の住人であるブナカイガラタマバエが岐阜県北部のブナ林に突如大発生した。わが国では初めてのケースだったので、私は被害実態、発生原因等について調べた。大発生したのはいずれも多雪地帯で、特に被害の激しいのは豪雪地の荘川村と白川村であった。この地域での被害は虫えい形成率が100%、つまり虫えいの形成されていない葉は全く見られず、形成数も多いものは一枚で500個以上のものも見られた。また他のタマバエはこの影響をうけたのかほとんど見られなかった。このように高密度で虫えいが形成された葉は、多数の幼虫が養分を吸収するので六月中旬には茶褐色に変色し、その後この変色部は順次拡大していった。このため、7月にはブナ林全体が赤くなり、まるで晩秋を思わせるような光景となった。ところが、このように葉が変色すると、幼虫は栄養不足となって、次々と死亡していった。このことから本種が大発生しても密度が過剰になり、次の年は大幅に少なくなるものと思われた。

ブナカイガラタマバエの虫えい
ブナカイガラタマバエの虫えい 準備中

■3年目に終息
 しかし、この予想は見事にはずれた。前年ほどではないにしろ、同じ地域でやはり大発生したのである。あれだけたくさんの幼虫が死亡しても減らないのだから、この大発生はしばらく続くだろうと思われた。それが3年目になるとほとんど見られなくなってしまった。すると、大発生時にあまり見ることのできなかった他のタマバエが多くなってきた。つまり、ブナの葉の住人たちの生活が元に戻ったのである。

■原因は暖冬?
 ブナカイガラタマバエは雪が融けて、落葉に日が当たるようになると成虫が順次発生してくる。このため、今回の大発生は本種の発生期である4月に雪が残っていなかったのではないかと考えられた。そこで、荘川村と白川村の4月の積雪量を調べたところ、大発生する前の4年間はほとんど残雪がなかった。このことからこのブナカイガラタマバエの大発生は4月に残雪の無い年が4年も続くという異常気象が発生原因と考えられた。つまり、本来生息密度の低いこの虫がこの間に徐々に生息数を増やし、いっきに大発生したものと考えられた。しかし、これを実証するには再度このような異常気象になり、この時ブナカイガラタマバエが大発生するかどうかを確認しなければならない。それが、いつになるか。私には皆目見当もつかない。それにしても突如大発生して、突如消える。自然界では不思議なことが起こるものである。


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