森林の持つ土壌侵食防止機能

(岐阜県森林科学研究所)井川原弘一


 山地からは絶えず土砂が生産されています。それは、土砂崩れによるもの、土石流や渓流の侵食によるものなどの目立つもののほかに、平常の降雨による表面侵食によるものがあります。こうした様々な形態での土砂流出に対して、森林は大なり小なりの効果を発揮していますが、ここでは表面侵食に対する効果についてみてみようと思います。

写真.28年生ヒノキ人工林の林床の様子
写真.28年生ヒノキ人工林の林床の様子

◆表面侵食とは?
 表面(土壌)侵食とは、ある一定の広さの土地の表面が一様に侵食されることをいいます。この表面侵食は次のような仕組みで発生します。林地に雨が降ると、雨が地表面にぶつかる力(雨滴衝撃)によって土壌の飛散(雨滴侵食)がおこります。雨滴侵食によって土壌構造が破壊され、飛散した土粒によって土壌表面にある孔隙が目詰まりを起こします。その結果、雨水の浸透が妨げられることで、雨水が地表面を流下し侵食がおこります。したがって、表面侵食は雨滴が地面にぶつかる力や地表面を流れる水の量や速度、地表面がどんなもので被われているかなどによって左右されます。
 林地における土壌侵食を放置すれば、膨大な量の土砂が流下することになります。この土砂は渓流内に堆積すると豪雨時の土石流の材料となる可能性があります。あるいは、貯水ダムまで流下・堆積すると、ダムの貯水量を減らす原因ともなります。

◆森林はどう防止しているのか?
 山地に森林がなければ降雨のたびに大量の土砂が流れ出し、大きな山地災害が発生することになります。しかし、山地には立派な森林が形成されているので、土壌侵食を発端とした大きな土砂災害はおこりにくくなっています。
 森林の中で土壌侵食防止に大きく貢献しているのが、落葉落枝層と下層植生です。落葉落枝層や下層植生は、降雨が地表面を直接打たないようにするため、雨滴侵食を防止します。また、地表流から地表面を保護するため、土壌の削磨を防止する役割も果たします。このように落葉落枝層と下層植生は、土壌侵食の防止に寄与しているわけです。では、落葉落枝層と下層植生の侵食防止効果について、みてみることにします。

◇落葉落枝層の効果
 落葉層のある森林、落葉層のない森林と裸地において侵食土砂量を調べた例では、落葉層のない森林の侵食土砂量は裸地の8〜9割程度あったのに対し、落葉層のある森林の侵食土砂量は裸地のわずか2割程度であったそうです。
 この落葉層の厚さによって侵食土砂量が異なるという報告もあります。アカマツの落葉を厚さ0.4cm、0.8cm、1.5cmで被覆した土壌に、時間雨量30mm/hrという雨を降らせたところ、それぞれの侵食土砂量は、裸地の侵食量の33%、5%、0.7%であったそうです。

写真.ヒノキ人工林の林床で観察された土柱
写真.ヒノキ人工林の林床で観察された土柱

◇下層植生の効果
 下層植生がある森林とない森林で侵食土砂量を調べた例では、下層植生のある森林からの侵食土砂量は下層植生のない森林の1割程度だったそうです。このような下層植生の有無による侵食土砂量を比較した事例はいくつかあるのですが、下層植生タイプ別での侵食土砂量を測った事例はほとんどありません。
 しかし、ヒノキ人工林下における下層植生タイプ別の土壌侵食の危険性については、地表面観察(雨滴侵食の度合いを示す土柱などいくつかの間接指標)の結果から、貧植生型、木本型、草本+地表植物型の順で高いと推測されています。

◆県内の人工林の現状
 県内の民有人工林のおよそ6割がヒノキ人工林であり、その中の6割が、除間伐などの保育が必要な林分(3〜7齢級)です(図)。

図.ヒノキ人工林齢級別面積

 針葉樹人工林は手入れが遅れると林床が暗くなるため、下層植生が衰退しやすくなります。また、ヒノキ葉は鱗片状に分解するため林床に堆積しにくいことから、ヒノキ林は下層植生が衰退すると、土壌侵食の危険性が高くなることが指摘されてきました。現在、県内の森林は手入れが立ち後れているのが現状です。そのため、保育が必要とされているヒノキ林分は、下層植生が衰退した土壌侵食の危険性が高い林分が多いと考えられます。
 こうした下層植生の衰退したヒノキ林に間伐などの森林整備を行えば、下層植生が発達するのでしょうか。これについては埋土種子の問題など、さまざまな条件があると考えられますが、植生の発達過程について調査された事例はありません。

◆侵食防止機能を高めるために
 土壌侵食防止機能の高い森林であるためには、厚い落葉層と豊かな地表植生が必要なことなどはわかっていますが、森林整備を行うための情報は不足しています。

 県内の森林を「災害に強い森林」にしていくには、これらの点を明らかにする必要があると考え、今年度より研究課題「土壌侵食防止に適したヒノキ人工林管理技術の開発」に取り組んでいきたいと考えています。


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