発芽困難なマツタケの胞子

(岐阜県森林科学研究所)水谷和人


【少なくなった胞子】

実験に使用したマツタケ
写真 実験に使用したマツタケ

 傘の開いたマツタケをヒダを下にして置いておくと、次の日にはその場所が粉をまいたように白くなります。これは、マツタケの胞子が落ちて厚く堆積したもので、その数はおそらく数億個に達すると思います。マツタケはこのように多量の胞子を散布して子孫の繁栄を図ります。マツタケがたくさん生えていた時代には、驚くほどの胞子が山に飛散していたことでしょう。

 一方、近年の胞子飛散量は、マツタケが減っているのに追い打ちをかけるように、発生したキノコのほとんどを胞子が飛散する前のツボミの状態で採取することから、極めて少なくなっているはずです。

 マツタケの増産を図るためには、若いアカマツ林を増やすことが必要です。しかし、これには長い年月を要すること、またマツ枯れの問題もあります。当面は残存している若いアカマツ林の環境改善を進め、飛散量の少なくなった胞子をいかに効率的に発芽させられるかが重要となってきます。このためには、胞子の発芽に関する情報を得ることが必要です。

【発芽困難な胞子】

 マツタケの胞子は傘の裏のヒダに形成されます。胞子の飛散は傘が開いて裏の膜が破れてから始まります。このような状態のマツタケから胞子を採取し、すぐに栄養が入った寒天培地に播きます。13日目に約1,000個の胞子を観察しましたが、全く発芽しておらず、その発芽率は0%でした。この程度の方法ではほとんど発芽しません。一方、有機酸がマツタケの胞子発芽を促進することがわかってきているので、実際に有機酸の一種である酪酸を添加してみます。すると、発芽率は約7%になり、酪酸は発芽向上に有効な物質であることがわかります。なお、採取した胞子を密封して冷蔵庫に保存すると、発芽可能な期間は、もって一日でした。

写真 胞子の採取
胞子の採取
写真 酪酸を添加して発芽した胞子
酪酸を添加して発芽した胞子

 胞子は球形で表面も滑らかな特徴のない形態をしており、発芽は一週間もすれば確認できます。よく観察すると、発芽する胞子は膨潤し、内部に油滴と呼ばれる組織がはっきりと確認できます。膨潤しない胞子は、いろいろな方法を駆使しても、何ヶ月待っても全く発芽しません。胞子の膨潤は発芽に対して必須条件のようですが、膨潤しても発芽しない胞子も結構あります。

 シイタケやエリンギなどの胞子は、水に溶いて寒天培地へ播くだけで、三日程度で驚くほど簡単にそのほとんどが発芽します。これに比較すると、マツタケの胞子は発芽しにくく、保存も利かない厄介者です。

【貴重な胞子の取り扱い】

 少なくなった胞子がさらに発芽率が低くては、山にマツタケが増える要素はありません。人が手を加えない限り、減産の歯止めはかけられないでしょう。このため、胞子の飛散を期待するだけでなく、積極的に胞子播種を行う必要もあります。この方法はだれでも容易にかつ広範囲に実施が可能です。いくつかのキノコでは増産に成功していますが、マツタケの成功例はほとんどありません。この原因も発芽率の低さや保存の難しさにあると思います。胞子の発芽向上だけでマツタケの増産が可能になるとは考えられませんが、可能性は高くなることは間違いありません。現状では発芽向上に酪酸の添加が有効と考えられますが、より高い発芽率を得る方法や保存方法などを明らかにする必要があります。


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