キノコの胞子


(岐阜県森林科学研究所)水谷 和人


●はじめに
 新鮮なシイタケを机の上に置いておくと、次の日にはそのまわりが粉をまいたように真っ白になります。これはシイタケから出た胞子が積もり重なったもので、その数はおそらく十億個をこえると思われます。キノコはこのように多量の胞子を飛散させて子孫の繁栄を図っています。胞子ができる場所はキノコの種類によって異なります。シイタケやマツタケなど多くのキノコはヒダの表面に胞子を作ります。胞子の大きさは1ミリの数十から数百分の1ほどで、顕微鏡がなければ見ることができません。顕微鏡で胞子を拡大すると、形はキノコの種類によって非常に変化に富んでいることがわかります(図−1)。

図1 様々な形のキノコの胞子
図−1 様々な形のキノコの胞子

また、色も様々で、白色、肌色、茶色などがあります。これら胞子の形や色はキノコが生活していくうえで何らかの役割を果たしていると考えられますが、詳しいことはわかっていません。当所では以前からキノコの胞子について調べています。ここでは、胞子の発芽についてお話ししたいと思います。

●胞子の発芽
 キノコの胞子はどの程度発芽するのでしょうか。残念ながら詳しいことはわかっていません。キノコの胞子が落下してからの過程を自然界で追跡するのが困難だからです。林内の落ち葉や枯木上に落下した胞子がどの程度発芽しているのか。また、どの程度生き残ることができるかなどよくわかっていません。そこで、実験室で菌根性キノコのホンシメジおよび腐生性キノコのシイタケの胞子の発芽試験を行ってみました。胞子を水で薄めて素寒天培地にまき、21℃で管理ながら経過を観察しました。その結果、ホンシメジの胞子は数ヶ月経過してもほとんど発芽しませんでした。これに対して、シイタケは接種3日目にはほとんどが発芽しました(図−2)。一般に、シイタケなどの腐生性キノコの胞子は適当な条件が与えられれば比較的容易に発芽するとされており、本試験でも同じ結果が得られました。

図2 素寒天培地上で発芽したシイタケ胞子
図−2 素寒天培地上で発芽したシイタケ胞子

●発芽率を高める
 菌根性キノコは一般に菌糸の伸びが非常に遅く、組織分離の困難な種も多いなど実験材料として扱いにくいため、わからないことの多いグループです。ホンシメジに限らず、マツタケなどの菌根性キノコの胞子は実験室レベルではほとんど発芽してくれません。そこで、ホンシメジの胞子発芽を高めることを目的として試験を行いました。基本培地はホンシメジの菌糸を培養する際に使用される改変Ma培地としました。この培地には炭素源としてグルコースが10g/L添加されますが、そのグルコースの添加量を0〜15gの5段階に設定しました。また、新たに発芽に効果があるとされている酪酸を添加しました。改良後の培地組成は表−1に示したとおりで、各培地に胞子をまいてグルコース添加量と発芽率の関係を調べました。

表−1 使用した培地組成
・蒸留水1Lに対して
 グルコース:0,1,5,10,15gの5段階
・麦芽エキス:10g
・ペプトン:1g
・ストレプトマイシン:0.03g
・Tween80:1ml
・n-酪酸:0.03ml
・寒天:15g

その結果、胞子発芽率はグルコース10および15g添加区が約0.2%であるのに対し、0〜5g添加区は約7.0%と大幅に上回りました(表−2、図−3)。胞子の発芽に適したグルコース添加量は菌糸を培養する際よりも少ない方がよいことがわかりました。また、胞子は発芽する前に膨らむ(直径が大きくなる)ことや、発芽は接種後3日目にほぼ終了することなども確認しました。

表−2 グルコース濃度と胞子発芽率および胞子直径
試験区
接種後3日目
接種後6日目
発芽率(%) 直径(μm) 発芽率(%) 直径(μm)
糖0g添加区
7.6
6.0±1.0
7.9
7.0±1.3
糖1g添加区
7.0
6.2±1.0
8.6
7.2±1.1
糖5g添加区
6.8
6.1±1.0
6.7
6.9±1.1
糖10g添加区
0.2
4.6±0.7
0.3
4.7±0.8
糖15g添加区
0.1
4.5±0.6
0.1
4.4±0.4
注)採取直後の胞子は5.3±0.7μm

図3 ホンシメジ胞子の発芽(0g添加区)
図−3 ホンシメジ胞子の発芽(0g添加区)

●発芽した胞子を利用する
 近年、菌根性キノコのホンシメジやマツタケの発生量は激減しています。このままでは、国内から姿を消してしまいそうな勢いにあります。これらキノコの発生量の減少に歯止めをかけるには若いアカマツ林を増やすことです。しかし、これには年月を要します。このため、当面は残存しているアカマツ林の環境整備を行い、飛散量の少なくなった胞子をいかに効率的に発芽させるかが重要です。キノコなどの微生物は、条件が整えば爆発的に増加しますが、逆に悪くなると急に姿を消してしまう性質を持っています。このことは、胞子の発芽に適した条件が把握できれば、発生量の減少に歯止めをかけられるだけでなく、組織分離が困難な種の菌糸培養、品種改良を目的とした交配などの作業効率が上がります。当所で行った研究ではホンシメジの発芽率が約7.0%でした。今後も、さらに高い発芽率が得られる条件を把握するため、発芽試験を行いたいと考えています。発芽に適した条件を野外に利用することによって菌根性キノコを増やすことができるのではないかと思っています。


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