スギの品種を考える
〜下呂実験林の調査データから〜

(岐阜県森林研究所) 渡邉仁志



はじめに

これからの林業を考えるうえで避けて通れないキーワードは、造林・育林作業の省力化・低コスト化です。省力・低コスト化によって森林所有者の負担が減れば、再造林や間伐の確実な実施にもつながると考えられます。

下呂市にある下呂実験林は、同一林分で長期にわたって育林技術を検証するため、1963〜65年にかけて造成されました。私たちはこの実験林で植栽から約半世紀、調査を続けています。この結果の中に、これからの林業を考えるヒントが隠されていると思いますので、今号から3回にわたって紹介します。


品種には個性がある

下呂実験林の品種比較試験地には、全国各地から集めた約30系統のスギ在来品種が植栽されています。各品種の幼齢期(約10年生)、若齢期(約30年生)、壮齢期(約50年生)を比べたところ、成長特性には品種間で差がみられました。

そこで、この実験林内にある品種から特徴的な成長をするものを抜き出しました(図)。幼・若齢期にはホウライジスギ(愛知)の樹高が高く、壮齢期にはマスヤマスギ(富山)の樹高が高くなっていることがわかります。クマスギ(長野)の樹高は常に低い順位ですが、成長量は持続していました。陸上競技になぞらえると、それぞれ短距離型、長距離型、フルマラソン型に相当します。つまり、成長には品種ごとに個性があり、しかも、その個性は樹齢とともに変化します。

図 下呂実験林におけるスギ品種の樹高成長
下呂実験林におけるスギ品種の樹高成長

オールマイティな品種は?

短距離型(早生品種)としては、そのほかにクモトオシ(熊本)、サンブスギ(千葉)があります。いずれも若齢期までの樹高成長が良好であることから、下刈り期間を短縮して保育作業の省力化を図るのに向いています。一方、若齢期以降の樹高成長量が低下してくるのに加え、クモトオシなどでは材質の影響で折れやすいことも知られています。実験林でも過去に冠雪害による幹折れが発生しています。このため、長伐期施業によって今以上の大径木生産を目指すよりも、気象害リスクや成長量低下を考慮して、短伐期での利用が適していると考えられます。

長距離型(晩生樹種)には、そのほかにミヤジスギ(岐阜)やアジマノスギ(福井)があります。若齢期以降の樹高成長が良好であり、壮齢期における全品種の中での順位は上位でした。冠雪害への耐性が高いことを加味すると、これらの品種はより長い伐期での利用に適しているといえるでしょう。

また、クマスギやイトシロスギ(岐阜)はフルマラソン型(超晩生品種)です。成長量は小さいものの各時期の成長特性はほとんど変化しません。高齢になっても成長が衰えないという報告もあり、非常に長い伐期を設定できる可能性があります。

それでは、どんな伐期にも適した万能タイプの品種はないのでしょうか?すべての種目を総ナメにする万能アスリートがいないように、スギ品種にもやはり得手不得手があるのが実情のようです。

目的にあった品種を選定しなかったことが、その後の手間や収支に影響することもあります。したがって、適切な森林造成・管理のためには、ある一時期の生産性の高さだけに注目するのではなく、伐期に至るまでの成長特性や材質、強度などの点でも目的に適っているか検討することが大切です。