組織培養による苗木生産をめざす

(森林科学研究所)中島美幸


○はじめに
 植物の組織培養とは、植物体の器官や組織、細胞を分離して、最適な培養環境条件の下で、無菌的に培養して、植物体として完全な機能を持つ個体を再生させる技術をいいます。
 植物には、「全能性」すなわち、植物が一つ一つの細胞にまで分解されても、元の植物体に再生できる能力が備わっており、組織培養はこの全能性を利用した技術といえます。従って、少量の組織から大量に増殖させることが可能です。
 このため、樹木においても組織培養を用いて、少量の組織から効率的に苗木を大量生産する技術について広く試みがなされています。
 そこで今回は、当研究所で行っているオオヤマザクラの組織培養技術を用いた大量増殖方法について紹介したいと思います。

○オオヤマザクラ
 一般にサクラと呼ばれるものにはヤマザクラ系、エドヒガン系、チョウジザクラ系などに分類することができます。ヤマザクラ系に属するオオヤマザクラは、ヤマザクラに比べて花の色が紅く、数個の花が固まって着くことから、非常に美しく、有用樹種として効率的な苗木生産が求められています。

○組織培養で検討すること
 組織培養において、最も重要となるのは培地の組成です。サクラの組織培養では、約二十種類もの無機物、有機物と生長ホルモンを組み合わせた培地を用います。培地に含まれる無機物や有機物は、培養植物が組織を形成したり、維持したりするのに必要なものばかりです。また、生長ホルモンは組織が葉や芽に分化するのに必要なものとして欠かすことの出来ない物質です。
 組織培養では、増殖培養、発根培養などのそれぞれの過程における最適培地を検討していきます。

○培地に加える炭素源の役割
 一般に緑色植物は、光合成によって自ら炭素源を作り、それを消費して生活していますが、培養植物は光合成能力が弱く、人為的に炭素源を供給しなければなりません。そこで、培地には炭素源として、サッカロースを加えるのが一般的です。
 今回のオオヤマザクラの組織培養では炭素源として従来のサッカロースを加える方法に加えて、トレハロースを加える処理区を設け、培養特性について検討しました。トレハロースは「菌糖」と訳されるとおり、カビ類に共通して含まれる非還元糖の一種です。近頃では、基礎化粧品などに保湿成分として、添加されているようです。

○結果

 図1と2はオオヤマザクラの増殖培養におけるシュート(葉、茎の部分)伸長量とシュート形成数をそれぞれ表したものです。炭素源としてサッカロースを用いて培養した個体は、トレハロースを用いて培養したものに比べて高いシュート伸長を示しました。一方、シュート形成数は、トレハロースを用いて培養した個体の方がサッカロースを用いた場合に比べて、高くなりました。このことから、短期間で増殖効果を上げるには、炭素源にトレハロースを用いることが有効であることが考えられました。
 また、発根処理においても、サッカロースを用いた場合では発根した個体が半分ほどしか存在しなかったのに対し、トレハロースを用いた場合では、8割の個体が発根しました。現在では、発根処理にはトレハロースを添加した培地を用いることにより、9割近い発根率を得ることが可能になりました。
 これまで、組織培養における増殖効率や発根特性を検討する場合、添加する成長ホルモンの種類や組み合わせ、濃度について比較することが多かったのですが、炭素源の種類によっても、培養特性が大きく違うことが、確認されました。

 現在、オオヤマザクラの他にエドヒガンの『淡墨桜(国指定天然記念物)』についても組織培養を行っています。一般にエドヒガン系は組織培養による増殖が難しいとされてきました。実際、継代培養(新しい培地に植え替えること)を繰り返すと、組織が著しく衰弱することが多かったのですが、炭素源にトレハロースを用いることにより、増殖効率が増し(図3)、また長期にわたって培養を継続したり、試験管内に植物体を保存することが可能になりました。

○おわりに
 オオヤマザクラについては、効率的な増殖方法と、発根処理法については、一連の方法が確立されつつあります。現在は、培養植物を外的環境に適応させるため、順化方法について検討しているところです。今後も、組織培養技術を用いた、有用樹種の効率的な増殖方法や貴重樹木の保存技術の開発に取り組んでいきたいと思います。


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