売値が半値に!
−恐ろしいスギノアカネトラカミキリ被害−


(林業センター)野平照雄



はじめに
 今更言うまでもなくスギノアカネトラカミキリは、スギ、ヒノキを加害する穿孔虫類の中でもトップクラスの重要害虫でしょう。特に、この害虫に加害されると食痕だけでなく、加害跡から侵入した木材腐朽菌によって材が腐り材質が著しく悪くなってしまいます。このため、超優良材と思われていたヒノキ大径木が半値以下で取り引きされたという悲惨な例がよく見られます。

 この虫は木材業者から枝虫と呼ばれているように、スギやヒノキの枯枝に産卵します。このため、枝打ちを行えば被害を未然に防ぐことができます。しかし、このことを理解している林業家は意外に少ないようです。このため、この被害を防ぐには、まずスギノアカネトラカミキリに対する枝打ちの効用を林業関係者に広く普及する必要があります。それには被害の実態を調査して、スギノアカネトラカミキリ被害の恐ろしさを再認識してもらわないといけません。

 そこで、今回はヒノキ伐採地でのスギノアカネトラカミキリ被害の生々しい実態について紹介しましょう。

林分被害は70パーセント
 このヒノキ林は60〜80年経った立派な林でしたが、残念ながら枝打ちが全く行われていませんでした。このため、どのヒノキも枯枝が多く、見るからにスギノアカネトラカミキリ被害の多発していそうな林分でした。そこで、このヒノキ林の被害状況を調べたところ、やはり林分被害率は73%にも達していました。73%といえば四本のうち三本が被害を受けていることになります。これだけ被害が多ければ林業に対する意欲も喪失してしまうでしょう。伐採して初めて気付くスギノアカネトラカミキリ被害の恐ろしさを、この被害率からも垣間見ることができます。

丸太被害は30パーセント
 この林分では被害率70%という想像を絶するような被害を受けており、改めてこの虫の恐ろしさが認識されました。しかし、林分被害率がいくら高くても、被害が樹幹上部に集中していれば、高値で取り引きされる元玉や二番玉は被害を受けていないことも考えられます。そこで、このことを確かめるため、丸太の直径別の被害を調べてみました。その結果、最も被害が多かったのは直径20〜25cmの丸太で、全体の37%を占めていました。これは一般に収穫されるヒノキ70〜80年生立木の場合、材価がやや落ちる三〜四番玉付近に被害が多いことを示しています。この点が救いといえば救いなのですが、しかしこの林分のヒノキは成長がよく三〜四番玉でも高価格で売買されそうだったので、この山林所有者にとっては大きな損失になることが十分予想されました。

製材すると被害はさらに増大
 丸太の被害は直径25cm以下のものに多く見られました。この大きさはヒノキの場合大半が柱材として利用されるので、食痕は致命傷となります。しかし、丸太時にいくら食痕があっても製材後に現れなければ、外見的には無被害材とほとんど変わりありません。そこで、被害木を柱材に製材し、そこに現れる食痕数を調べてみました。

 その結果、製材したどの材にも食痕が現れました。しかも丸太時より多くなり、中には丸太時に23個であったのが製材したら33個に増えているものもありました。それに食痕の長さが5cm以上のものが多く、商品としての価値がほとんどないものも見られました。製材された柱材の食痕を眺めていると、この虫の恐ろしさがつくづくと思い知らされます。

木材売買価格への影響
 さて、最も気になる木材価格ですが、この虫くい材はいくらで取り引きされたのでしょうか。この詳細をみてみましょう(表−1)。

表−1 伐採前の評価と収穫量・売上高の比較
区分伐採前の評価収穫量・売上高
本数1,050本
(胸高直径13〜30cm)
1,045本
(5本は不良木)
材積360m3(立木材積)223m3(丸太材積)
丸太本数約4,000本3,486本
(2m,3m材込み)
平均単価70千円/m353千円/m3
価格25,200千円11,936千円

 この林分は間伐とはいうものの太い木が対象なので、この伐採、搬出を請け負った業者は今回の間伐木1045本で少なくても2500万円、うまくいけば2800万円の収入を予想していました。それが、伐採すると予想もしなかった食痕が木口面に次々と現れてきました。このため総売上高は1200万円にしかならず、予想の半額にも達しませんでした。つまり売値が半値にしかならなかったのです。この実情を聞かされると、スギノアカネトラカミキリ被害の恐ろしさがどんなものかおわかりいただけたことでしょう。

おわりに
 以上、スギノアカネトラカミキリ被害の恐ろしさの一部を紹介しました。この被害の全部が全部このようになるわけではありませんが、いずれにしても大きな損失になることは間違いありません。特に、この被害は伐採した時点で初めて気づくため、手の打ちようがありません。このため、被害は大径木に多く、被害額も莫大になります。長い年月をかけて育て上げたスギ、ヒノキが虫くい材として取り扱われる光景はまさに”九仞の功を一簣に欠く“(きゅうじんのこうをいっきにかく)そのものであります。スギノアカネトラカミキリ被害の恐ろしさを知らなかったという、ただそれだけの代償としては余りにもむごいと思います。私はこうしたことが二度とおこらないよう”売値が半値に“をキャッチフレーズに枝打ちを奨励し、スギノアカネトラカミキリ被害の防除対策に取り組んでいきたいと思っています。


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