広葉樹造林地の下刈りを考える
−下刈りを省略したケヤキ造林試験地の結果から−

(岐阜県森林科学研究所)横井秀一


□はじめに
 下刈りは,造林地の初期保育として欠くことのできない作業です。ところが皮肉なことに,広葉樹の造林地ではこの大切な作業が成林を阻害する要因の一つになっています。それは,下刈りのときに植栽木を誤って伐ってしまう,誤伐が多いからです。下刈りの対象となる木本植物は,主に広葉樹です。スギやヒノキの造林地であれば植栽木と下刈りすべき広葉樹とをはっきり区別することができます。しかし,広葉樹の造林地では保育の対象と下刈りの対象どちらもが広葉樹であるため,それらを瞬時に見分けることが難しく,誤伐が多発します。
 では,どうすれば広葉樹の造林地で誤伐をなくすことができるでしょうか。最も確実なのは,下刈りを省略することです。下刈りは夏の炎天下での作業であるため,それが可能なら辛い労働から解放されるというメリットもあります。しかし,これは下刈りを省略しても植栽木がきちんと育つという前提があって,初めて成り立つ話です。そこで,ケヤキの造林地で下刈りを省略するとどうなるのか,という試験を行いました。その結果から,広葉樹の造林地での下刈りについて考えてみます。

□試験の概略
 この試験は,荘川村にある広葉樹総合試験林で行いました。1985年,広葉樹を伐採した跡地1,580m2にケヤキを4,000本/haの密度で植栽し,その半分を下刈り区,残り半分を放置区としました。下刈り区では1990年までの6年間,毎年下刈りを実施しました。一方の放置区は,植栽当年に1回下刈りをしただけで,後は一切の保育作業を省略しました。
 それぞれに調査区を設置して,1999年までの15年間ケヤキの成長を調査しました。また,2000年にはケヤキ以外の樹種も含めてそれぞれの試験区がどんな状況になっているかを調べました。

□16年目の造林地
 まず,林齢が16年になった2000年の造林地の様子を紹介します。
 図−1は,ケヤキとそれ以外の樹種(全て広葉樹でしたので,その他広葉樹と呼ぶことにします)の本数です。下刈り区のケヤキは,植栽したものがほとんど残っていました。また,その多くは優勢木(樹冠が周囲の木よりも発達しているもの)か準優勢木(上層木であるが周囲の木との競合で樹冠が十分に拡張できないもの)でした。これに対して,放置区のケヤキは半数近くが既に消失し,さらに残ったものの半数が被圧木(被圧された下層木)でした。その他広葉樹(胸高直径2cm以上)は,下刈り区で14種,放置区で23種がみられました。その本数は下刈り区で約7,000本/ha,放置区で約8,000本/haでした。しかし,優勢木と準優勢木を合わせた本数は,放置区の方が少なくなっていました。

図1 ケヤキとその他広葉樹の本数

 図−2には,ケヤキと主なその他広葉樹の材積の比を示しました。ケヤキが全体に占める比率は,下刈り区で50%強,放置区で20%ほどでした。その他広葉樹では,ミズメが両区ともに材積比の大きい樹種でした。アカシデは特に下刈り区で比率が大きく,ヌルデは放置区だけに出現しました。他には,ミズキやホオノキが材積比は大きくないものの,両区ともにみられました。

図2 ケヤキと主なその他広葉樹の材積比

□ケヤキと広葉樹の成長経過
 ケヤキとその他広葉樹(ミズメ,アカシデ,ホオノキ,ヌルデなど)の樹高成長過程を図−3に示します。ケヤキの成長は継続調査,その他広葉樹の成長は樹幹解析によって再現したものです。どちらの区でも,その他広葉樹の発生はケヤキの植栽前後に集中していました。下刈り区では,それらの樹高成長が下刈りによって抑えられていることがわかります。

図3 ケヤキとその他の広葉樹の樹高成長過程

 その他広葉樹の成長は,どちらの区でもケヤキよりも旺盛です。そのために,下刈り区ではその他広葉樹が最近になってケヤキに追いついて競合を始めています。一方の放置区では,早い時期から両者が競合し,その他広葉樹がケヤキより優位にたって成長しています。なお,その他広葉樹の成長が勝っているのは,この造林地の土壌(BD-d型)がケヤキにとってやや不適であるためケヤキの成長が今一つなのに対して,ここに示したその他広葉樹はこの場所に更新し10年以上にわたる競争に勝ち残ってきた,いわばこの土地に合ったものであるというのがその理由だと思います。
 ケヤキとその他広葉樹の成長過程を知った上で改めて図−1や図−2をみると,何故こうなったのかがよく理解できるでしょう。

□この試験地の将来
 以上の結果から,「下刈りを省略しても植栽木がきちんと育つ」かどうかを考えてみましょう。
 放置区のケヤキは,とてもきちんと育っているとはいえません。下刈りを省略したために,早い時期からその他広葉樹に被圧を受け続けてきたのがその理由であることは明らかです。放置区ではケヤキの優勢木や準優勢木が少なく,加えてそれらの形状比は下刈り区より大きくなっていました(これは図には示されていません)。そのため,一度の除伐でその他広葉樹を全て伐ってしまうことができません。残されたケヤキの本数が少なすぎるのと,気象害の発生が予想されるからです。もし,ケヤキの優占度を高くしようとするなら,弱い除伐を何度も繰り返さなければなりません。したがって,放置区を今後ケヤキ林に誘導することは困難であり,もしできたとしてもそれは現実的ではないでしょう。
 一方の下刈り区では,不適地であるために成長が芳しくない点(これは下刈りのせいではない)を除けば,ケヤキはきちんと育っていると評価できます。下刈りによってその他広葉樹の成長を数年間にわたり抑制したことが,ケヤキの成長にプラスに作用したといえるでしょう。
 したがって,植栽木をきちんと育てるためには,やはり下刈りが必要であるといえます。ただ,そのために誤伐が発生しては元も子もなくなってしまいますので,下刈りをするなら時間とお金をかけてでも誤伐が発生しないようにしなければ意味がありません。

□下刈り省略の可能性
 では,そこまでしなければ広葉樹の造林は成功しないのでしょうか。残念ながら,植栽木をきちんと育てたいのであればイエスと答えざるを得ません。
 ここで,もう一度,放置区を考えてみてください。そこにはケヤキに混じってミズメやミズキ,ホオノキなど市場価値の高い広葉樹が生育していました。もし,ケヤキに固執しないのであれば,これらを含めた木材生産機能の高い広葉樹林を成林させることは難しくありません。「ケヤキをせっかく植えたのに」と叱られそうですが,何が何でもケヤキ林を造るという強い目的がないのであれば,もっと柔軟に考えてもよいのではないでしょうか。下刈り(誤伐が発生するような普通の)をしてもしなくても成林にリスクを負うのであれば,そして,そんなにコストをかけることができないのであれば,植栽は天然更新を補足する手段であると割り切って,下刈りをやめてしまうという選択肢もあっていいと思います。
 ただ注意していただきたいのは,このことをもって,広葉樹造林には下刈りが必要ないと言っているわけでないということです。広葉樹造林の目的,目指す広葉樹林の姿,それにかけられるコスト,現行の技術水準,これらから判断して,どんな施業が最適なのかをそれぞれの場面で考えてみてください。


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