タネのないところに草木は生えない
−ヒノキ人工林の林床の種子数−

(岐阜県森林科学研究所)横井秀一


【下が寂しいヒノキの林】

植生が衰退し表土流亡が
発生しているヒノキ人工林
植生が衰退し表土流亡が発生しているヒノキ人工林

 ヒノキ人工林は、林冠が閉鎖すると林内が暗くなり、下層植生がなくなります。そのため、間伐がきちんと行われていないヒノキ人工林では地表面を雨滴衝撃から保護するものがなくなり、表土流亡が発生します。

 こうした林に下層植生を発達させるには、間伐によって林内を明るくする必要があります。ところが、実際に間伐が行われたヒノキ林をみると、意に反して下層植生に乏しいままの林がいくつもありました。

 植生のないところに植物が生えるには、その元、すなわち種子がなければなりません。このことから、間伐しても植物が生えてこないのは、種子のないことが原因している可能性が考えられます。そこで、ヒノキ林の林床にある種子の数について調査しました。


【林床の種子を調査】

間伐後3年が経っても
植生が発達しないヒノキ人工林
間伐後3年が経っても植生が発達しないヒノキ人工林

 調査したのは、中濃地域のヒノキ人工林8ヶ所です。いずれも下層植生がなく、表土流亡が発生している林です。そこの表土を落葉層を含めて2cmの深さで採取しました(ただ、落葉層はほとんどありませんでしたが)。この土をプランターに広げ、発芽してくる植物を数えました。

 出てきた植物で一番多かったのは、ヒノキでした。すなわち、ヒノキの種子が一番多かったということです。このように、発芽した植物の本数を発芽能力のある種子の個数と考えます。ヒノキの種子は上木から落ちた種子でしょう。ここでは、ヒノキ以外の種子が重要と考えることにします。

 ヒノキ以外の種子は、種名がわかったものだけで19種ありました。多かった種は、クマイチゴとヒサカキでした。これらをはじめ、鳥などの動物によって種子が散布される種が多くみられました。これらは、最近に散布されたものもあるでしょうが、埋土種子といって、かつて散布された種子が土壌中で何年も休眠していたものも多いと考えられます。

 種子の数は、調査地1m2あたり8〜292個で、多くの調査地が百個以下でした。これまでに報告されているいろいろな森林の埋土種子数が千〜数万/m2であるのと比べると、百個以下という数は、かなり少ないといえるでしょう。この理由として、二つのことが考えられます。一つは、表土流亡とともに、以前の表土中にあった埋土種子や新たに散布された種子が流失したということです。もう一つは、現在、散布される種子が少ないということです。これに関しては、ヒノキ林内に散布される種子が10〜20個/m2であったという報告があります。

 いずれにしても、林床に種子が少ないことが、間伐しても下層植生が繁茂しないことの一因だと考えられそうです。


【他から種子を導入したら?】

 林床に種子が少ないために植生が出てこないのであれば、いくら間伐をしても無駄なことです(あくまで下層植生の話で、ヒノキの成長にとって間伐は有効です)。そこで、間伐後に植生が発生していないヒノキ林に、春、その近くの林道脇で採取した土を播いてみました。その土には、10リットルに685個の種子が含まれていました。

 しかし、その年の秋までに生えてきた植物は、わずかでした。地表面を見ると、ヒノキの細根が露出する、土を播く以前の状態と同じでした。播いた土は流れてしまっていたのです。

【植生を絶やさないように】

 これらのことから、ヒノキ林では一度絶えた下層植生を復活させるのは容易でないことがわかります。ヒノキ人工林施業では、下層植生が衰退する前に間伐を行い、下層植生の維持と表土の保全を図ることが重要であるといえます。


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