里山の春を彩るシデコブシ
○自然の姿であり続けるために○

(岐阜県森林科学研究所)中島美幸


○はじめに

 本誌でシデコブシのお話をさせて頂くのも、三回目となりますが、今回は、里山の春を彩るシデコブシの保全について、庭木や街路樹などの花木として使われているシデコブシとの関連からお話したいと思います。

 このお話が読者の皆様のお手元に届く頃には、東濃地域のあちこちで、シデコブシが白やピンクの花を咲かせて春を告げていることでしょう。

写真−1.シデコブシ自生地(恵那市)
写真−1.シデコブシ自生地(恵那市)

○里山のシデコブシ

 現在は、道路建設や宅地造成などの開発行為によって絶滅が危惧されているシデコブシですが、かつては東濃地域の低湿地帯には多く分布していました。この地方では毎年春になるとシデコブシが花を開くので、農家の人々はそれを合図に苗代の支度を始めるなど、古くから農業と深い関わりを持っていました。

 野生のシデコブシは、湧き水に涵養された湿地や池などの周囲といった、非常に限られた環境で生育していますが、庭などに植栽してもよく育つことから、園芸用花木として苗木が広く出回っています。

 また、低湿地帯は一般に不成績造林地といわれています。こうしたところでは、用材として価値の高いスギやヒノキは育たないので植林が行なわれず、結果的にシデコブシが生き残ってきたわけです。しかし、シデコブシは雑木として扱われ、薪炭材として利用されてきました。

○広く出回る植栽シデコブシ

 岐阜県は平成7年12月に、全国で初めて「大気環境推奨木」として35種を選定しました。「大気環境推奨木」とは、大気浄化能力の高い樹木を指しており、アオギリやオオシマザクラなどとともにシデコブシが指定されています。またシデコブシは大気浄化能力だけでなく、見た目も美しく鑑賞用としても適していることから、さまざまな施設の敷地や学校の校庭などへ、花木として植栽が薦められています。また、県でも環境木として苗木を無償配布しています。

 このように、近年は野生のシデコブシよりもむしろ植栽シデコブシが、環境浄化や鑑賞用として人々の生活に関わりを持つようになってきています。

○シデコブシ移植への疑問

 先にも述べたように、環境および鑑賞的な価値から植栽用のシデコブシが出回る一方で、野生のシデコブシは開発行為によって自生地を失いつつあります。また、開発の場合、保存方法として、シデコブシを開発が及ばない場所へ移植するという措置が取られる場合があります。

 一方、野生のシデコブシは、交配や繁殖を繰り返しながら、何世代にもわたって生きのびてきました。平成14年4月号では、東濃地域のシデコブシ集団がそれぞれ独自の遺伝的多様性を持っていることついて紹介しました。このような遺伝的な特徴の背景には、その自生地独特の環境に適応しながら生きのびてきた集団独自の特徴があるのかもしれません。

 果たして、そのようなシデコブシ自生地やその近くに、よその地域のシデコブシを導入しても大丈夫なのでしょうか?

 シデコブシ自生地の保全のためには、移植の可否を考えることも重要なポイントの一つです。

○東濃地域のシデコブシ集団の遺伝的な関係

 集団の遺伝的多様性は、集団同士がお互いにどのような遺伝的関係にあるのかということとも関連しています。

 そこで今回は、東濃地域のシデコブシ自生地から12集団を選定して遺伝解析を行い、集団間の遺伝的な関係について調べました。

 その結果、東濃地域のシデコブシは西のグループ(姫、小名田、土岐、瑞浪)、中央のグループ(正家、亀ヶ沢、武並)、東のグループ(横平、会所沢、岩屋堂、子野、苗木)の三つのグループに大きく分かれました(図―1)。このことから、東濃地域のシデコブシ集団は、遺伝的に密接に関わり合っている集団同士が、地理的な位置関係に沿って三つのグループに分かれた構造をしていることがわかりました。

図−1.東濃地域のシデコブシ集団の遺伝的な関係
図−1.東濃地域のシデコブシ集団の遺伝的な関係

○おわりに

 他の地域からの移植や、園芸用のシデコブシが近くに植栽されることが、自生地の遺伝的な構造にどのような影響を及ぼすのかは今のところはわかっていません。しかし、今回の遺伝解析の結果は、東濃地域のシデコブシ集団が地理的な位置関係に沿って、遺伝的には大きく三つのグループに分かれることを示していました。東濃地域のシデコブシが、集団ごとで独自の遺伝的多様性を維持しているのは、この遺伝的な構造も理由の一つだと考えています。

 このような遺伝的な構造を崩さないためには、遠方からの移植を安易に行うことは避けるべきだといえるでしょう。

 今後も、さらにシデコブシの調査、解析を行い、保全についてさらに検討を進めていきたいと思います。 また、雑木としてでなく、岐阜県東濃地域を中心に分布する貴重な樹種であることを、研究を通して伝えていきたいと思います。


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