東濃地域に春を告げる木
世界的に貴重なシデコブシ

(岐阜県森林科学研究所)中島美幸


シデコブシ

○春を告げる樹木

 「モクレン(木蓮)」と呼ばれる樹木を、知らない人はほとんどいないことでしょう。春になると、公園や庭のあちこちで、紫や白色の大きな花が咲き誇った木を見かけることがあると思います。これらは「シモクレン」や「ハクモクレン」と呼ばれるもので、中国原産のモクレンです。

 モクレンの仲間は、世界中に分布し、約12属230種があります。モクレンの主な特徴は、春になると良い香りのする大きな花をつけることです。日本で「春を告げる樹木」といえば、サクラを挙げる人が多いでしょうが、欧米では、この「モクレン」が春を告げる樹木として広く親しまれています。

○日本のモクレン

 日本に分布するモクレン属には、ホオノキ、オオヤマレンゲ、コブシ、シデコブシ、コブシモドキ、タムシバの6種があります(表−1)。日本産モクレンのうち、ホオノキ、オオヤマレンゲ、コブシ、タムシバは分布が広いのに比べ、シデコブシとコブシモドキはその分布がそれぞれ東海地方、四国と局地的に限られています。

表1 日本原産のモクレン属

 シデコブシは、愛知県の渥美半島から瀬戸・豊田、岐阜県南部、三重県四日市市にかけてのごく限られた地域にのみ分布しています(図−1)。特に、岐阜県南東部の東濃地域は、世界最大級のシデコブシ自生地が存在します。

図1 シデコブシの分布域

○シデコブシの花

 シデコブシは落葉性で高さが10メートル以上になる樹木で、コブシやタムシバとは互いに近縁な種です。シデコブシにおいて最も特徴的なのはその花の色や形で、タムシバやコブシは白色の花びらが6枚付いた花を咲かせるのに対し、シデコブシの花は、白や薄紫、ピンクの花びらが12〜33枚と非常にたくさん付いています(写真−1)。「シデコブシ」という名前は、その花の形が、神社で用いられる紙製の飾り「四出」に似ていることに由来しています。また、星の形にも似ているということから、「スターマグノリア」とも呼ばれています。

写真−1 シデコブシの花
写真1 シデコブシの花

○シデコブシの生育環境

 シデコブシの分布が主に岐阜県東濃地域に限られている理由の一つとしては、この地域の地質的特性そのものが独特であることが考えられます。

 東濃地域には、「土岐砂礫層」とよばれる地層が分布しています。この地層は、砂礫、砂、粘土、亜炭などによって構成され、丘陵地を形成しています。そして、この丘陵地の麓には多くの小湿地があります。このような小湿地群では、常に水が供給されており、シデコブシはこのような場所に好んで生育しています。また、この小湿地群にはシデコブシだけでなく、ハナノキやヒトツバタゴ、シラタマホシクサなど、やはりこの地域独特の植物が同時に生育し、世界的にも貴重な珍しい植生をなしているのです。

○シデコブシ自生地の現状

 東濃地域は、最大級のシデコブシ自生地が存在するだけでなく、共存するさまざまな植物種とともに形成する植生層は、世界に二つとない貴重なものです。同時に、東濃地域は名古屋へのアクセスが比較的容易であることから、名古屋通勤圏のベッドタウンとして発展してきました。そのため、宅地造成やゴルフ場造成、道路建設などの開発が進んでいます。

 近年、このような開発行為により、シデコブシの自生地が失われつつあります。現在、シデコブシはレッドデータブックの中で「危急種」に記載されており、その存続が危惧されています。一度失われた植生が、元の通りに復元されるのは難しく、一人一人が、このシデコブシの自生地を保存に対する意識を高めていくことがとても重要なのです。これからもずっと、東濃地域にシデコブシに春を告げてもらえるよう、みなさんもシデコブシについて考えてみませんか?


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